第11話 霧の晴れた佳境の中で
風向きが変わった。その冷たい風がポンペアンの山々を撫でた瞬間、張り詰めた沈黙の中にいた十五万のステディ兵士たちは、一斉に手元のボンベのバルブを緩めた。
「キィ……」という不気味な金属摩擦音とともに、噴出された『No TITLE(気化酸化白鉛)』が、恐ろしいほどの圧力で解き放たれる。「俺の持っている一本で何人の命が助かって、死ぬんだ…」そう思いながらも心の中に押し留めて、末端兵士は、 唇を噛み切りながらバルブを緩めた。
遠くから見下ろしても息を呑むほどに美しく、栄華を極めていたポンペアンの街並みは、みるみるうちに緑白の、そしてどこか美しい白い霧の海へと没していった。
それはまるで、神が地上に降らせた奇跡の雲のようでもあった。
それから、二時間が経過した。
ほんの少し前まで、一キロメートル以上離れたステディの陣地にまで風に乗って聞こえていた、誇り高き労働者たちの歌声や王国駐留軍五十万の足音活気にあふれ、命の熱量に満ちていたポンペアンの喧騒は、今や完全に途絶えていた。
風に揺れる木々の音と、重苦しい静寂だけが山を支配している。
その報告が、ステディの総司令部へと届いた時。
誰も言葉を発しない沈黙の司令室で、上層部の一人が短く、かつ冷徹に告げた。
「――突入せよ」
破壊作戦という名の大義名分を胸に抱かされた十五万の兵士たちは、その言葉の本当の意味を悟りながら、銃を手に霧の晴れゆく街へと足を踏み入れた。
そこにあったのは、戦闘の痕跡が一つもない、文字通り「無傷の美しい街」だった。家々も、鉱山の設備も、すべてがきれいに残されている。
だが、生きて動くものは何一つとして存在しなかった。
路上には、銃と酒瓶を握ったまま倒れてい王国軍兵士たちの姿があった。彼らの肉体は、汚染度6の極限にまで一瞬で到達し、意思を交わす間もなく完全に白鉛化していた。
そして街中には、笑っているような歪な表情で固まった労働者たちや、白鉛化した身体のまま、かつて自ら掘り出した白鉛の麻袋を抱きしめたまま固まった労働者、お互いを抱きしめ合ったまま物言わぬ白鉛と化した住民たちの姿があった
「白鉛製の墓標」――それは、この街で生きていた人間たちの成れの果てだった。
「反白鉛」を掲げたはずのステディの靴底が、彼らが放った最悪の白鉛によって生み出された、一面の「白鉛の死体」を踏み締めていく。
「ピクッ 視界の端で何かが動いた気がしたが
兵士達は聖戦と言う名の白く濁った大名義分を目隠しに見なかったことにした。」
自分たちが手に入れた無傷の鉱山は、五十万の軍隊と住民の生命を踏み台にして得た、世界で最も冷酷な美しい墓標であった。
兵士たちは、自分たちの手が何色に染まったのかを、その静寂の中で嫌というほど理解することとなった。
7時間後
共同体西部
ステディ参謀本部に以下の電文が届いた。
発信: 1914年8月10日 15:00
発信者: エーリヒ・ヴァルデン司令官補佐
軍司令部件名: ポンペアン鉱山制圧に伴う損害および要請の件戦果および敵の状況
敵駐屯軍は完全に壊滅せり。掃討作戦の結果、敵の生存者は一切確認できず。
現地住民の状況:作戦区域内において住民らしき残影は確認できず。即ち、現地に民間人は存在せざりしものと断定する。
我が方の損害:戦死(KIA):34名戦傷(WIA):292名行方不明(MIA):18名
既存の兵力にて防衛および次期任務の遂行は十分に可能であり、作戦続行に支障なし。
要求事項:占領地での鉱物資源採掘に当てる為
労働者派遣を願いたし
以上。
次回更新は6月23日 正午を予定しております




