第9話 なんて美しい世界
反白鉛の理想の旗は、いつしか白く染まっていた。
ポンペアンの山々に広がるのは、兵士だけの戦場ではない。 そこには、何も知らずに鉱山を掘り続ける住民たちの暮らしがあった。
彼らは今日も、白い粉にまみれながら笑っている。 咳をしながら、それでも「祖国のためだ」と言い聞かせながら。
――それを知っている。
ステディは知っている。
その霧が届けば、軍も、住民も、区別なく同じ結末を迎えることを。
沈黙の司令室で、誰かが言った。
「……本当にやるのか」
返事はすぐには返らなかった。 地図の上に置かれた駒だけが、重く沈黙している。
やがて、上層部の一人が口を開く。
「我々は“破壊”をする。これは破壊作戦だ」 「奪取などと言えば、兵は動かない」
別の声が続く。
「正義を失えば、ここで終わるのは我々だ」
誰も、それが欺瞞だとは言わなかった。
言えば、その瞬間に崩れると分かっていたからだ。
「50万の軍だけではない。 現地住民も含め、すべてが“結果として”消えることになる」
「だが繰り返す――これは破壊作戦である、
風向きを待て。緑白の霧で、ポンペアンを包み込め」
誰かが静かに目を伏せた。
誰かは拳を握ったまま動かなかった。
そして誰も、その場から離れなかった。
進軍命令が下る。
15万の兵は、 正義 という言葉を胸に抱いたまま、 自分たちが何をしようとしているのかを理解し始めていた。
それでも、止まらなかった。
止まれば、すべてが終わるからだ。
そして――
風向きが変わった。
沈黙の合図とともに、 緑白の霧は、ポンペアンの山々へと解き放たれた。
その瞬間、誰もが理解していた。
これはもう「作戦」ではない。
命令でもない。
ただの――事後だった。
次回更新は、6月9日正午を予定しています。
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