道徳
「解けましたー。」
無明がテスト用紙を持ち上げる。
春は答案へ目を通した。
「……合ってますね。」
無明の勉強の進捗は異常だった。
覚える速度はとてつもなく速い。
しかし同時に、理解に時間がかかる事もある。
早いのに遅い。
そんな奇妙な感覚があった。
春は少し考える。
「無明さん。」
「はい。」
「記憶力って良いですか?」
無明は首を傾げた。
「うーん、分かんないです。」
春は試しに聞いてみる。
「三ヶ月前の同じ曜日の天気は覚えてますか?」
流石に無理だろう。
そう思った。
しかし。
「その日ですか?」
無明は少し考える。
「昼に咲様と買い物へ行こうとしたら雨が降りました。」
「途中で帰りましたね。」
春はスマホを取り出す。
検索する。
数秒後。
「……合ってる。」
思わず呟いた。
無明は不思議そうに首を傾げる。
「ん?」
「咲様との思い出を忘れる訳ないじゃないですか。」
春は小さく息を吐いた。
「頭良いんですね。」
無明は少し考え込む。
「うーん。」
「能力を貰ってから色々理解出来るようになったので。」
「そこまで頭良くないですよ。」
「なるほど……。」
春は妙に納得した。
知識を理解出来るようになっただけで、覚える能力自体は元々異常だったのだろう。
すると無明がぽつりと呟く。
「嫌な思い出です。」
「何がですか?」
「自分が不幸だって知識が流れてきた事です。」
春は目を瞬かせた。
「……。」
無明は続ける。
「昔の僕は幸せだったんですよ。」
「何も分からなかったので。」
春は少しだけ視線を落とす。
「あー……。」
「なるほど。」
無明は笑った。
「でも最近は幸せです。」
「良かったですね。」
春も自然と笑う。
「何か良い事でもあったんですか?」
「テレビで犬を飼ってる人が幸せそうだったんです。」
「へぇ。」
「それで僕も飼いました。」
春は頷く。
「犬種は何ですか?」
無明は少し考える。
「犬種は分かりません。」
「どこで売ってるかも分からなかったので。」
嫌な予感がした。
「カタストの手足を斬って持ち帰りました。」
「…………。」
春は沈黙した。
無明は楽しそうだった。
「首輪とリード買えば散歩出来ますよね。」
春は無言でスマホを取り出した。
そしてネット通販を開く。
検索欄へ入力する。
『道徳 小学生向け 教科書』
購入ボタンを押した。
必要なのは国語でも算数でもなかった。




