こんな部屋
夢の中。
「ねぇ、お兄ちゃん」
その声を聞いた瞬間、犬飼は反射的に目を覚ました。
勢いよく起き上がり、そのまま壁に頭を叩きつける。
「っ……いてぇ」
鈍い音と共に壁に穴が空く。
犬飼は穴をぼんやり見つめながら、小さく呟いた。
「……パチンコ行くか」
ふらりと部屋を出る。
夜道を歩き、パチンコ店の前を通り過ぎる。
だが入ることはなく、そのまま古いアパートの一室へ向かった。
鍵を開け、薄暗い部屋へ入る。
犬飼はポケットからライターを取り出し、火をつけた。
そして、そのまま床へ落とす。
当然、手を離れた瞬間に火は消えた。
「……手ぇ滑ったな」
この部屋が跡形もなく消えればいい。
そんなことを、何度考えたか分からない。
だが結局、毎回やめる。
「夜中に何してるの?」
背後から聞こえた声に、犬飼は即座に振り返った。
「……優凪?」
そこに立っていたのは灯だった。
灯はわざとらしく肩を竦める。
「私で悪かったね」
「なんで居るんだ?」
「ここ最近、毎晩来てるみたいだったから」
「ストーカーかよ」
灯は少しだけ笑う。
「神様じゃないけど、願いくらい叶えてあげようか?」
「……は?」
次の瞬間。
空気が凍りついた。
部屋の至る所に氷柱が生成される。
犬飼は咄嗟に灯を蹴り飛ばし、部屋の外へ叩き出した。
そのまま追撃に移る。
宙へ浮いた灯へ拳を叩き込もうとするが、灯は身を翻して回避した。
「なんのつもりだ?」
「こんな部屋、無くなれば楽になる――そう思ってたんじゃないの?」
「……そうかよ」
犬飼の目が冷える。
「死ね」
瞬間、周囲を氷の壁が覆い尽くした。
二人は閉ざされた氷の檻の中に閉じ込められる。
灯はその中心で、全力で冷気を放出した。
神由来の冷気。
だが、それは犬飼には効かない。
灯の狙いは凍結ではなく、自身の身体能力の強化だった。
氷に覆われた空間で、二人の攻防が激突する。
拳と蹴り。
氷と衝撃。
互角。
決定打のないまま、戦いだけが長引いていく。
やがて。
遠くから、子供の笑い声が聞こえた。
その瞬間、灯が動きを止める。
「……やめよっか」
氷の壁が静かに消えていく。
灯は自嘲するように笑った。
「しょうもない事したね、私」
犬飼は何も答えない。
灯はそんな犬飼を真っ直ぐ見つめる。
「いつまで逃げるの?」
「逃げてねぇよ」
「死んだ事実は、無くならないよ」
犬飼は少しだけ目を伏せる。
「……言われなくても理解してる」




