掃除
チャイムが鳴る。
玄関を開けた犬飼は、目の前の人物を見て露骨に顔をしかめた。
「……お前かよ」
ため息混じりの声に、叶は軽く肩を竦める。
「悪い?」
「で、何の用ですか?」
「休日だし。遊ぼうかなって」
「用事あるんだが」
「じゃあ付き合うよ」
「だる……」
犬飼は面倒そうに頭を掻きながらも、追い返そうとはしなかった。
二人は並んで街を歩く。
しばらく沈黙が続いた後、叶が口を開いた。
「何するの?」
「掃除」
「……掃除?」
犬飼が向かった先は、古びたアパートだった。
鍵を開け、一室へ入る。
途端に、叶は言葉を失った。
部屋には物が散乱していた。 生活の痕跡だけが、時間から取り残されたように残っている。
「……大変そうじゃない?」
「別に」
犬飼は淡々と答える。
だが、片付けを始めるわけではない。
床に落ちた物も、本棚も、机の上もそのまま。 ただ静かに、積もった埃だけを拭き取っていく。
まるで、“変えないため”の掃除だった。
十分もしないうちに、犬飼は雑巾を放った。
「終わったし、出るぞ」
「……うん」
部屋を出たところで、アパートの管理人らしき男性が二人へ声を掛ける。
「あの、犬飼さん。家賃の件なんですけど……」
犬飼は面倒そうに視線を向けた。
「払ってませんでした? 口座に入れといたんですけど」
「いえ、そうじゃなくて……。もう三年も払い続けてますし、こちらとしても申し訳なくて」
叶の視線が、僅かに揺れる。
犬飼は変わらない調子で返した。
「解約とか面倒なんで。別に大丈夫ですよ」
「……もし考えが変わったら、いつでも言ってください」
「はいはい、分かりました」
男性はどこか気まずそうに頭を下げ、その場を去っていく。
短い沈黙。
犬飼は何事も無かったようにポケットへ手を突っ込んだ。
「用事終わったし、付き合ってやるよ」
「……うん」
「で、何するんだ?」
叶は一瞬口を開きかける。
けれど、言葉は出なかった。
犬飼自身が、誰より理解しているはずだったからだ。
だから代わりに、別の言葉を選ぶ。
「……パチンコでも行く?」
「行くか」
その日、犬飼は珍しく大勝ちした。
だというのに、帰り道の横顔は、負けた時よりもずっと空虚に見えた。
「珍しく勝ったな」
「良かったじゃん」
「ついてるわー」
投げやりな声。
叶は少し迷ってから、静かに尋ねた。
「……ヴルカーンを倒したらさ」
「ん?」
「どうするの?」
「白雪の話だと、その後は神との聖戦に付き合わされるらしいな」
「それが終わったら、満足するの?」
犬飼が眉を寄せる。
「何が?」
「その……」
言葉を濁した瞬間、犬飼は察したように鼻で笑った。
「頭お花畑か?」
「……」
「殺したところで、生き返るわけねぇだろ」
叶は視線を落とす。
「……ごめん」
犬飼は少しだけ黙り込み、それから面倒そうに空を見上げた。
「今日はもう帰るか?」
「……ありがとね」
その感謝が何に向けられたものなのか、叶自身もよく分かっていなかった。




