病んでる
「ねぇ、叶さん」
休憩スペースで缶コーヒーを弄びながら、灯が叶へ声を掛けた。
「なんですか、白雪さん」
「犬飼と付き合っちゃいなよ」
あまりにも唐突な言葉に、叶は眉を寄せる。
「……別に、そんな関係じゃないですよ」
「いやー、犬飼って相当病んでるからね」
「面白いことを言いますね」
叶の返答に、灯は肩を竦めた。
「犬飼の妹さんのこと、知ってる?」
「知ってますよ。けど、本人は気にした様子も無かったですけど」
「だって、葬式にも墓参りにも行ってないからね」
「……常識が無いのか、あいつは」
「しかも、妹さんが住んでた部屋の家賃、今でも払い続けてる」
叶の表情が止まる。
「……は?」
「部屋もそのまま。軽く埃を払うくらいで、片付けようともしない」
灯は淡々と続ける。
「犬飼、一時期ギャンブル辞めてたんだよ。“妹にしつこく怒られるから”って」
「…………」
「もう怒られることなんて無いのに、今は逆戻り。まるで、まだ怒ってくれるのを待ってるみたいにさ」
叶は視線を伏せ、小さく息を吐いた。
「……大切だったんですね、妹さん」
「血は繋がってないけどね。よく犬飼のこと、“天才”って呼んでたらしいよ」
沈黙が落ちる。
灯はその横顔を見て、少しだけ笑った。
「だからさ。付き合っちゃえば?」
「どうしてそうなるんですか」
「気になってるんでしょ?」
図星を突かれ、叶は僅かに言葉を詰まらせる。
「……それは、まぁ」
「犬飼はさ、三年前から時間が止まったままなんだよ。そろそろ前に進ませないと」
「……私に、妹さんの代わりなんて無理ですよ」
その言葉に、灯は即答した。
「でも、叶さんの代わりも妹さんには出来ないと思うけどね」
「…………」
「ま、考えときなよ。付き合ったら教えて」
軽く手を振り、灯はその場を去っていく。
残された叶だけが、静かに視線を落としていた。




