父親
「神との聖戦……か」
薄暗い部屋の中で、犬飼がぽつりと呟く。
しばらく黙ったあと、スマホを手に取った。
数コールで通話が繋がる。
『何? 優人』
聞き慣れた母親の声だった。
「ちょっと聞きたい事があってな」
『うん』
犬飼は少しだけ間を空ける。
「母さんの昔の恋人って、どんな奴だった?」
通話の向こうが静かになる。
『……急にどうしたの?』
「聞き方変えるわ」
犬飼は椅子にもたれた。
「俺の父親って誰?」
長い沈黙。
やがて、母親が小さく息を吐く。
『分からないの』
「いや、怒ってるわけじゃねぇよ」
『本当に分からないの』
声音に嘘は無かった。
『名前も、職場も、全部嘘だった』
犬飼の目が僅かに細くなる。
「……顔は?」
『写真ならある』
「送って」
『うん』
――三日後。
犬飼は部屋の机に大量の資料を広げていた。
そこへ、後ろから灯の声が飛ぶ。
「なに調べてるの? 犬飼」
犬飼は顔も上げずに答える。
「俺の父親」
灯が少しだけ目を丸くした。
「へぇ。なんでまた?」
犬飼は無言でカッターを手に取る。
そして、その刃を自分の手のひらへ思い切り突き刺した。
乾いた音。
次の瞬間、刃の方がへし折れる。
灯が静かに目を細めた。
「……血すら出ないんだ」
犬飼は折れた刃を机へ放り投げる。
「俺の母親ってさ」
「世界一優しい人間だと思うんだよ」
灯が小さく笑う。
「なに? マザコン?」
「違ぇよ」
犬飼は天井を見上げた。
「もし仮に、神様が人間と付き合うなら」
「相手は世界一の悪人か、世界一の善人だと思ってな」
灯が興味深そうに犬飼を見る。
「面白い事言うね」
犬飼は続けた。
「母親、昔は病弱だったんだよ」
「誰かに助けてもらわないと生きていけないくらいにはな」
「だから多分、誰よりも優しくあろうとした」
部屋が静かになる。
「そしたら、ある日突然健康な身体になった」
灯が少しだけ視線を落とす。
「……神様の仕業だとしたら」
灯は淡々と続ける。
「“健康になったら人間は醜くなるのか”って実験っぽいね」
犬飼は鼻で笑った。
「同感」
灯は机に並ぶ資料へ視線を落とす。
「それで? 自分が神様の子供かもって?」
「DNA調べた限り、完全に人間だったわ」
犬飼は気怠そうに肩を竦める。
「残念ながら妄想オチっぽい」
「……いや」
灯は静かに首を振る。
「君、そんな程度で終わらせるタイプじゃないでしょ」
犬飼が少しだけ笑う。
「神様が実は人間でしたってパターンか?」
「あり得るね」
灯も笑った。
「B級映画みたいな展開だけど」




