律人
小学生の頃。
施設を訪れた咲は、ふと部屋の隅に居る子供へ目を向けた。
「あれ? あの子は?」
隣に居た祖父が視線を向ける。
「ああ。」
少しだけ困ったような顔をした。
「親に捨てられた子だ。」
「名前も無い。」
咲は目を瞬かせる。
「名前が無いの?」
「戸籍も無いからな。」
祖父は小さく息を吐いた。
「五歳なんだが、何故かまともに話せない。」
「へぇ。」
咲は興味深そうにその子を見る。
部屋にはテレビが置かれていた。
子供は一人で画面を眺めている。
「あの子、ずっと一人なの?」
「周りと関わろうとはする。」
「だが話せない。」
祖父は苦い顔をした。
「当然うまくいかん。」
「他の子も困るし、あの子も傷付く。」
「酷な話だ。」
咲はしばらく考えた。
そして。
「暇だし入っていい?」
祖父が少し驚く。
「構わんが……。」
「ありがとう、おじいちゃん。」
咲は迷いなく部屋へ入った。
子供は視線すら向けない。
テレビに夢中だった。
「えーっと。」
咲は首を傾げる。
「なんて呼べば良いかな。」
名前が無い。
それは不便だった。
咲は鞄から漢字ドリルを取り出す。
ぱらぱらとページを捲る。
そして一文字を見つけた。
律。
なんとなく響きが気に入った。
意味も悪くない。
「律人君。」
その瞬間。
子供が振り返った。
咲を見る。
数秒見つめる。
そしてまたテレビへ向き直った。
「私は咲。」
咲は笑う。
「よろしくね、律人君。」
今度は子供が立ち上がった。
ゆっくりと近付いてくる。
不思議そうな顔だった。
「あ。」
咲はポケットを探る。
飴玉が出てきた。
地元でよく売っている飴だった。
「これあげる。」
子供は受け取る。
じっと見つめる。
口へ入れる。
「美味しい?」
返事は無い。
だが。
少しだけ表情が柔らかくなった。
「そっか。」
咲は嬉しそうに笑った。
それからだった。
施設の職員達が不思議がるようになる。
あの子の部屋から声が聞こえる。
だが聞こえるのは咲の声だけだった。
咲が話す。
無明が反応する。
咲がそれを見て返事をする。
まるで会話だった。
言葉は返ってこない。
それでも。
無明は嬉しそうだった。
咲が話す度に。
意味を理解しているかのように。
そして現在。
「律人君。」
咲が箱を持ち上げる。
「レゴブロック買ったけど遊ぶ?」
カタストを組み立てるよりはマシだろう。
そんな理由で選んだ玩具だった。
無明はすぐに反応する。
「遊びます!」
勢いよく近付いてきた。
咲は苦笑する。
「あとこれ。」
ポケットから飴玉を取り出した。
無明の目が輝く。
「これ好きでした!」
「覚えてたの?」
「勿論ですよ!」
即答だった。
咲は少しだけ驚く。
「ふーん。」
それだけ言った。
だが少しだけ嬉しそうだった。
翌日。
咲は対策課の一室で足を止める。
視線の先。
床一面に広がるレゴブロック。
そして。
真剣な顔で巨大な城を組み立てている叶。
隣で目を輝かせている無明。
二人とも本気だった。
咲はしばらく眺める。
数秒後。
静かに呟いた。
「……化物って皆子供なの?」
誰にも聞こえない独り言だった。




