97話 人間とは都合の良い事をだけを信じる生き物だ、と誰かが言ってました・・・
威流とカレキは診療所の裏に回り、
氷壁の破砕を行うと問題は振り出しに戻った。
”キンキンに冷えてやがる”診療所の内部は、
徐々に温度が上がり始め、薄ら寒い程度には戻り始めていた。
時間的な猶予が出来た威流は、
違う手段で建物の温度を下げる方法を考えなければならない。
考えが纏まらず唸っている威流にカレキが声を掛ける。
「タケル様、また人助けでされておられるのですか?」
「いえいえ、”こんにちは 労働”からの依頼なんです」
「そうで御座いましたか!!
魔法使いでありながら庶民の為に働くタケル様。
なんと素晴らしい御方なのですか!!」
「報酬を頂くので褒められる様な事ではありません。
詳しい事情を知らずに来てしまったのですが、
まあ、早速失敗してしまいました。」
威流は愛想笑いをしながらも、
作戦失敗にちょっと落ち込んでいた。
「是非、何かお手伝いさせて下さい」
「カレキさんがお手伝いして頂けるのは助かりますが、
診療所に用があったのではないのですか?」
「そうでした、この暑さで診療所の水が無くなってしまったので、
水を汲みに行っておりました」
そう言ってカレキは、
少し離れた場所に置いてある大きな水瓶を指差した。
「それはお疲れ様でした。
それにしても随分と大きな水瓶・・・?」
威流は違和感を感じる。
どう見ても水瓶は百メートル以上先に置いてある様に見えるのだが、
その割には随分と大きく見えた。
気になった威流は水瓶に近づいて行くと、
その大きさはデイジーの家で見た物とは桁違いであった。
酒蔵や醤油の醸造所を想起させる大きな水瓶は、
梯子でも無ければ中は覗けないという代物。
水を入れるだけの用途で作ったのなら、
製作者はちょっと馬鹿なのかな?と威流は思う。
そして、それを担いで歩くカレキの人外振りには威流も言葉が出ない。
診療所の裏側に向かい、大きな水瓶を下ろすと震度二はあろう地響きが起きた。
額の汗を拭う事もない超人カレキに威流は尋ねた。
「そういえば、どうしてここの診療所に?」
「何を仰ってるんですかタケル様。
助けて頂いた娘のヨスガがここに居るんですよ」
「いえ、助けたと言われる程の事はしてませんよ。
娘さんのご容態は如何ですか?」
「お陰様で、ヨスガは大人しく養生しておりますわい」
「そうですか~、良かったですね~カレキさん」
あんな些細な事でも、誰かの助けになった事が威流は嬉しかった。
そんな威流を真剣な顔をして見つめるカレキは、
その太い両腕で威流を目一杯抱きしめる。
「あの時、あの時お助け頂けなければ娘の命はどうなっていたか」
涙を流すカレキ。
威流も涙が出そうになっていた。
余りの痛みに・・・
娘を想う強い気持ちが両腕に伝わり、
威流を締め付け、背骨がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
超人カレキによる”異世界風さばおり”。
威流の身体は”逆くの字”に曲がり、
意識が空に舞い上がろうとしていた。
威流はこの破壊力があれば、
会社にある保守用の”サーバー”すらも折れると、
薄れる意識の中、どうでもいい事を考えていた。
威流の魂が抜ける寸前に、
様子を見に来たマフィアがカレキに声を掛け命を救われた。
その後、診療所暑い問題は、
威流が出した数個の氷柱をカレキに砕かせ、
氷の破片を全て水瓶に放り込む。
暑い部屋には氷を入れた桶を持って行く事で一件落着。
娘に会って欲しいとカレキにお願いされたので、
ヨスガの病室まで行き少し話をしていたのだが、
何故かマフィアが横目でじーっと威流の事を見ていた。
診療所を後にした二人は”こんにちは 労働”に向かっていた。
威流と並んで歩くマフィアが何か言いたそうにしているが、
言おうとして止め、言おうとして止めを繰り返している。
このままほ放っといても埒が明かないので、
何が言いたいのかを威流は聞いてみる。
「マフィアさん、さっきから何を言おうとしていますか?」
「えっ!!」
マフィアの足が止まり、上目遣いで威流を見つめ、
普段の朗らかな様子とは違い、照れながらモジモジしている。
威流は思う。
まさか、これはそういう事なのかっ!!と。
さっきの俺は格好良かったのかっ!!とも。
威流はマフィアの目を見つめると、
マフィアは目を逸らし、か細い声で話し始めた。
「あの、まだ会ってからそんなに日が経ってないから・・・」
もじもじと話すマフィアの頬が赤みを帯びる。
「こんな事を言っていいのか分からないんですけど・・・」
威流は確信する。
もうこれは間違いない。
だがデイジーも居るのにいいのだろうか?
今迄の人生で”間違いない”と思っていた事が大体間違いだった事を忘れた威流。
デイジーとも付き合っていないし、マフィアも好きと言っていないのに、
ちょこっと頑張っただけで幸せが訪れると考えている救いようの無い男であった。




