95話 ”頑張っていればきっと良い事はある”と信じられる世界にはまだ遠い・・・
”こんにちは 労働”での最初の試練が煩悩との戦いになった威流。
看板娘の魅力に引き寄せられるそこいらの有象無象と同じに輩となる。
威流がマフィアに聞いた”安全な仕事”は多岐に渡る様で、
その中でもより安全な仕事の例を教えて貰う事が出来た。
その説明の中で特に気になる要素があった。
例えば、お年寄りの肩もみが黄貨二十枚。
飲食店の皿洗いが赤貨一枚と黄貨二十枚。
子供に本の読み聞かせが赤貨一枚。
こういった仕事があるのだが、
そのどれも”業務時間が明確では無い”のだ。
”気の済むまで”とか”忙しい時間”とかで、かなり不明瞭な記載が多い。
それなのに報酬が「小遣いですか?」程度なので、
時給換算をすると恐ろしい事になりそうだった。
とはいえ、何かを選ばないといけないので、
威流はバイト経験のある皿洗いから始める事にした。
労働者の登録証は翌日には出来るとの事で、
早速、明日の仕事をマフィアにお願いしておいた。
翌日、威流は”こんにちは 労働”に立ち寄り、
歪な四角形をした金属板に文字が掘られた”労働者証”を受け取り、
指定された飲食店へ向かう。
飲食店に着き、俺が店主に挨拶をすると、
店主は「付いて来い」と店の裏側に通す。
店の裏側には井戸と洗い場があり、
大きな木の桶の中に大量の木製の皿と食器が溜め込まれていた。
スポンジと洗剤の代わりに渡されたのが厚手の動物の皮を一枚。
この皮を皿に擦り付けて汚れを落せとの事だった。
「こんなんで汚れが落ちるんか!?」と思いながらも、
皿洗いを始めたが、案の定、木製の皿や食器の汚れはそう簡単には落ちなかった。
俺は動物の皮をしっかり掴み、力を込めて一心不乱に皿を洗い、
時間を掛けて一つ一つ綺麗にしていく。
余りにも時間を掛け過ぎていた為、
店主に「早くしろっ!!」と何度も怒鳴られてしまった。
どれだけ時間が経ったのかは分からなかったが、
洗い物が無くなった時点で仕事は終了となり、
店主から赤貨一枚と黄貨二十枚を手渡された。
店主に頭を下げて帰ろうとしたところ、
何故か「明日もまた来い」と声を掛けられ、翌日も同じ店で働く事になった。
その事についてマフィアに話に行くと、
「良かったですね」と喜んでくれたが、
あの仕事振りでの結果としては、どうにも腑に落ちなかった。
翌日も怒られながら洗い物を片付けていく。
洗い物が無くなり、そろそろ仕事も終わり頃かと思っていた時に、
その店の料理人が洗い場まで来て、料理の乗った皿と食器を俺に手渡した。
皿の上には豆を煮たものと野菜と肉を炒めたものが乗っており、
「お前の洗った皿は綺麗で料理が楽しい」と言い去って行った。
俺は料理を食べ終え、その食器を洗ってから報酬を受け取りに行くと、
今日も「明日もまた来い」と言われたので、翌日もまた働く事になった。
それから数日間、同じ店で働いていたのだが、
洗い物に慣れて来た俺は、初日の半分の時間で仕事が終わる様になる。
すると、店主が「他の店でも皿洗いをしろ」と別の飲食店に連れていかれ、
そこでも皿洗いをする羽目になり、報酬も店ごとに支払われた。
一日の報酬が赤貨二枚と黄貨四十枚と普通に考えたら発狂するレベルの安さだが、
お店から賄いが出るし、そもそも固定費が無いので全てが貯金になった。
そこから更に数日経過すると、またもや皿洗いの店を追加され、
一日三つの店を掛け持ちするという異常事態を受け入れるしかなかった。
そろそろ腕が千切れるのではないかと思ったが、
そんな弱音を吐いている暇など与えてくれるはずも無い。
それから一日三店舗が日課となったが、
二店舗目と三店舗目は日替わりとなり、
色々な店をたらい回しにされてる様になっていく。
どうしてそんな事になったのかと賄いをくれる料理人に尋ねると、
「お前の洗う皿は料理人からの評判が凄く良い」と店主達の噂になっており、
ここの店主が色々な店に勝手に紹介していると言っていたが、
これは喜んで良い事なのか?
料理人の説明を聞いていくと、
他の皿洗いは俺よりは作業はかなり早いが雑で、汚れが残った皿が普通であり、
その分「綺麗に皿を洗う奴が居る」と料理人の間で話題になっているそうだ。
一部の料理人からはあまりにも綺麗に皿を洗う為、
”皿洗いの魔法使い”と呼ばれているらしい。
まあ、間違ってはいないかもな、
皿が綺麗なのは魔法じゃなくて根性だけどな・・・
あと、料理人達は俺が魔法を使えるのは知らないのに、
ある種、本質に近づいた噂をするもんだと感心してしまう。
確かに”皿洗いをする魔法使い”ではあるわけだし・・・
暫くしてから、お金も溜まり、買い食いをしながら”こんにちは 労働”へ向かうと、
マフィアが手を振り迎えてくれた。
マフィアに近況の報告をすると我が事の様に喜んでくれたが、
威流は「これが男を狂わすのか」としみじみ思う。
マフィアは外国人である俺の事を心配してくれていたみたいで、
最初の店で酷い仕事振りでもクビにされなかったのは、
彼女の口添えがあったからだそうだ。
その話を聞いて俺がマフィアに礼を伝えると、
俺が働いた分、”こんにちは 労働”にも紹介料が入るので、
全然気にしなくて良いと言われた。
マフィアは本当に善意に溢れる良い人だと思う、
名前の印象以外は・・・




