89話 悪い思い出に限って、擦っても落ちない垢の様に脳裏にこびりつく・・・
一糸乱れぬ隊列で街道を進むアーク聖騎士隊。
メイロン領は王都の南東に位置し、馬車で三日は要する距離ではあったが、
精鋭揃いのアーク聖騎士隊は僅か一日で辿り着いたのである。
領主であるメイロン家までの道中急ぐアークであったが、
魔物に襲われている村を見つければ先頭を駆け魔物を蹴散らしていく。
鍛え上げられた騎士を前に魔物など物の数では無く、
街道でも魔物に遭遇するも難なく討ち果たす。
メイロン家に近づくにつれ、魔物の姿が見えなくなったのは、
貴族であるメイロンが抱えている私兵の活躍に寄るのもであった。
領主の館まで辿り着いたアークは領主に目通りを願い、
館の門の外に駐屯した聖騎士隊は次の指示を待つ。
領主のカダイ・メイロンはアークを執務室に呼び、
村の窮地を救った事への感謝を述べる。
「聖騎士アーク様、この度の救援、誠にありがとうございます」
「いえいえ、国の礎とも言うべきカダイ様の窮地とあらば、
何事においても駆け付けねばなりますまい」
その場で兜を脱ぎ、脇に抱えたまま礼をするアーク。
王国の中核の軍である聖騎士隊の中でも、
その名を知らぬ者は居ないと言われる聖騎士アークの登場に、
驚きと安堵の表情を見せるカダイ。
「なんとも頼もしきお言葉。
アーク様の様な御方がおれば民も安心して暮らせましょう」
「過分なお言葉に痛み入ります。
カダイ様こそ南方安定の第一人者ではありませんか」
「それこそ過大評価というものですよ。
問題が起きたら、それに対応する程度の事しか出来ておりませんから」
「しかし、此度の襲撃の件。
何か原因など思い当たる事はありますでしょうか?」
「いえ、突然の事でしたので全く・・・
ただ、あれだけの魔物が同時に事を起こすとは考え難く」
「何かの思惑が絡んでいる様に感じられると」
「私の考え過ぎかもしれません。
何かあるとすぐに勘繰ってしまうのが私の悪い癖なんです」
そうは言いつつも、カダイは何かを思案している様に見え、
襲撃された村の事を思い出し、アークは言い知れぬ不安が頭を過る。
「何はともあれ、魔物の殲滅を急ぎましょう」
「そうですね、わざわざアーク様がいらっしゃったのに、
御引止めをして申し訳ありません」
「いえ、我が隊はどこへ向かいますか?」
「それでは、我が領の北西側をお願い出来ますでしょうか」
カダイは机の上の置かれたメイロン領の地図をアークに見せ、
王国からの街道の左側辺りを指差す。
「私の私兵団の一部がここにおります。
ここへアーク様にお願い出来れば、
私兵団はそのまま南下して南西側の軍と合流します」
「心得ました。
そこでの掃討が終わり次第、そのまま城へ戻ります」
「それで結構でございます。
あぁ、そうだ。私兵団の中に我が息子のアンディスがおりまして、
随分とアーク様に憧れておりますので、失礼が無ければ良いのですが」
「おぉ、お若いのに立派な御方ではありませんか。
折角なのでご挨拶をさせて頂きます」
カダイの言葉に笑顔で応え、
頭を下げたアークは踵を返し部屋を出て行った。
その後、聖騎士隊を引き連れたアークは、
城への道を引き返し、指定された地点で魔物の掃討を始める。
途中、私兵団との合流し、南へ向かうよう指示を出す。
憧れの人に会えたアンディス・メイロンは舞い上がり、
「いつか聖騎士になる」とアークに伝え、次の戦いの場へ向かった。
魔物の掃討を順調に進めていく聖騎士隊。
だが、アークの心の中にはずっと晴れぬ靄が掛かったままであった。
メイロン家に着いたのは朝方であったが、
掃討が終わった頃にはすっかりと辺りは暗くなっていた。
任務も終わり騎士達も一息つけると思っていたが、
そんな緩み切った空気にアークの一喝が響く。
「何を気を抜いているっ!!
まだ任務は終わっていないぞ!!」
アークはすぐさま駆け出し、騎士達もそれに続いた。
来た時とは打って変わって隊列など無視してアークはがむしゃらに街道を駆けた。
今、頭の中にある不安が杞憂であって欲しいと、
その答えを求め走り続ける。
城の前を通り抜ける頃には空が薄っすらと明るくなっており、
朝日が山間から見え始めた頃にアークは農村に着いた。
「こ、これはどうなっているのだ・・・」
アークが馬上から見た光景は想像を絶するものだった。
至る所に魔物の死骸が転がり、
その合間にぽつりぽつりと騎士の亡骸が混ざる。
立っている者など一人もおらず、残った魔物も居ないこの状況が、
どれ程この戦いが凄惨なものであったのか想像に難くない。
馬を降りたアークは騎士の亡骸の前まで行くと、
死してからも魔物に襲われ続けたのであろうか、
騎士の手や足に噛み千切られた生々しい痕が残っていた。
「何が・・・いったい何があったというのだっ!!」
いくら大声で叫んだとて、その答えを持っている者は一人もいない。
他の者も、ただアークの様子を伺うしか出来ずに佇んでいた。
茫然としたまま覚束ない足でアークは歩き始め、
夥しい屍の中に生き残りが居ないか探す。
アークの様子を見守っていた騎士達もアークに続き、
屍を掻き分け村の中に散って行った。
アークの不安は杞憂とはならず、
残酷な事実として突き付けられた。




