84話 欲望というものは、人の知性を下げる事もあれば上げる事もある・・・
ねちねちと衛兵から話を聞く威流。
ボーゲンから渡された”貴族徽章”は、
殊の外、便利な代物である一方で、
使ったら貴族の飼い殺しになるのは必至であった。
まず、宿屋や酒場、馬車などは提示する事で無料となり、
その料金の請求は全て徽章を発行した貴族の支払いとなる。
一部の商店では、
商品の割引や一般には出回らない特別な商品の購入もでき、
手持ちの金額が足りない場合にはその不足分を貴族へ請求出来る。
発行元以外の貴族と揉めた場合には、
貴族同士の力関係によっては問題が無かった事とされる。
”貴族徽章”自体を売却することもでき、
高値で取引されるが、発行元の貴族には当然嫌われるし、
渡された者以外が使っているとバレたら回収される。
「う~ん、呪いのアイテムと変わらんから捨てたい」
だが、呪われているので装備を外せないという感じだ。
頂き物を捨てるというのも良心の呵責というものがだなぁ。
まあ、使わなければ単なる重いかまぼこ板と変わらないか。
池の広場に戻ったら、鞄に放り込んでおこう。
一部始終を見ていた衛兵は助けてくれた威流を気に掛け、
少し注意点を伝えてくる。
「あの、本当に大丈夫でしょうか?
相手はあのボーゲンですから・・・」
「君はボーゲン様の事を知っているのか?」
「えぇ、ここでは有名ですよ。
平民を見下していて、今回の様な無理な事を要求してくるんです」
「まあ、そうだね。
あまり気配りをする人には見えないね」
「もし、”貴族徽章”を使ったりしたら、
どんな要求をしてくるか分かったものじゃないですよ」
「心配してくれているのであれば安心してくれ。
これを使うつもりは無いから」
「それなら、いいのですが。
もし、何か困った事があったら遠慮無く言って下さい」
「あぁ、ありがとう。
まだ暫くここを利用するつもりだから困ったらお願いするよ」
威流の予想通りにボーゲンは平民に嫌われていた。
なるべく関わらないのが正解だと思いながらも、
絶対にトラブルに巻き込まれると予感がするのであった。
翌日も威流は図書館にて勉強を進めるが、
ポケットに入れっぱなしのこげちゃんのストレスが心配になり、
図書館の横にある緑豊かな広場で遊ばせる。
すると、昨日の衛兵が「この広場までなら本を一冊持ち出しても良い」と、
特別に許可を出してくれたので、その好意に甘えさせてもらう事にした。
図書館での勉強を始めてから随分と時が過ぎ、
昨日の一件でそこそこ話せるまでに語学の成長を実感したので、
ついにあの計画を実行する決心がついた。
まだ、日の落ちる時間では無かったが、
夜になると忙しいだろうと思い、威流は目的地に向かう。
高鳴る鼓動を抑えつつ、
「これは語学の勉強の為」と誰かに言う必要の無い言い訳を繰り返した。
夢と希望の詰まったあの店に威流は辿り着いた。
赤い壁にピンク色の文字が淫靡な雰囲気を醸し出す。
店の前の人通りも少なく、絶好の”間違え”タイミングとなった。
扉の取っ手に手を掛け、威流は勢いよく扉を開け放つ。
この先にどんな素敵な世界が待っているのか、
本当にそれ以外の事は何も考えていなかった威流。
扉を潜り抜けた先で待っていたものとは・・・
「なんじゃ、そんな嬉しそうな顔をして」
聞き覚えのある声に、一瞬で現実に戻される威流。
目の前に現れたのは赤い衣を纏う者であった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あー、アーク神父ぅ~!!」
威流は驚きのあまり目玉が飛び出そうになり、
期待外れの結果に意識は薄れ、最後に煩悩が粉々に爆散した。
「馬鹿者っ!!そのお方の位は司教であるぞ」
危なく気絶しそうなったが威流だが、
意識を揺り起こし、声のする方へ顔を向けると見知った体躯が目に入る。
「ゴーレム僧侶までいるっ!!」
「ゴーレム!?お前は何を言っているのだ?」
「まあ、待て、キャンディ司祭よ」
アーク司教の呼びかけに呆れ顔のゴーレム僧侶は、
挙動不審の威流の様子を伺う。
「きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、キャンディ~!?」
「タケルよ、お前は一体何に驚いて騒いでいるのだ?」
威流の脳内における情報の渋滞は、
ゴールデンウィーク真っ只中であった。
ここで、危険を察知した威流の脳が高速で回り始め、
無理矢理捻じ込まれた情報の整理を始める。
赤い壁な時点で察するべきだった。
ここが筋肉達の跋扈する魔窟であるという事を。
とはいえ、ピンク色の文字で書かれた謎の言葉。
何故ピンク色なのかはさておき、分からない言葉は警戒すべきなのだ。
そして、ゴーレム僧侶。
悟った聖職者みたいな喋り方をしやがって、
「オデ、イワガコウブツ」なんて話し方をすると思ってたのに、
あんなに理知的に話すとは聞いていないぞ。
なによりも、名前がキャンディだと!?
あの見た目で何を言っているんだ。
その上、ゴーレムと言われて聞き返すなっ!!
鏡を見た事が無いのか!?
いや、むしろ俺が知らないだけで、普通に居る種族なのかも・・・
ここは一回確認をしよう。
名前も含めて種族を聞いてみた方がいい。
最後に一番厄介なのが、俺がここに来た理由だ。
”綺麗なお姉さんが居ると思ってました”とか言おうもんなら、
筋肉達磨たちに擦り潰されてしまう。
自然で違和感の無い理由を考えろ~
頑張れ!!俺の脳味噌!!
威流の脳内で情報の整理が終わる。
この間、僅か二秒。
そして発動するパッシブスキル”常識人モード”
欲望の果て、辿り着いた先に待っていた理性という名の暴力。
威流は生きてここを出られるのであろうか。




