83話 悪戯に隙を作ると不幸はそこに入り込む・・・
威流は暫く衛兵と色々と話しながら時間を潰していると、
充分な情報を手に入れたボーゲンが席を立ち、入り口に向かって歩き出した。
目的を果たしたその顔に浮かぶ満面の笑みは、
たまたま魔法使いに会うという副産物があった為であろう。
先程まで「下賤の者が話し掛けるな」という態度を取った事を、
すっかり忘れてしまっている様だった。
「タケル様、お陰様で晩餐会は有意義なものとなりそうです」
「そうですか。私の魔法がお役に立てたようで」
「それはもう、こんな僥倖はなかなかありませんぞ」
ボーゲンの態度の変わりように威流が愛想笑いで応えていると、
侍従が宝石や金属で装飾された煌びやかな宝石箱をボーゲンに差し出した。
「ここでお会いできたのも何かのご縁。
先程のお礼という事で、こちらをお受け取り頂きたい」
そう言うと宝石箱を開き、中に入った物を威流に見せつける。
どれだけゴージャスな宝石でも入っているのだろうかと威流は息を吞むが、
入っていたのは五枚の黒い硬貨だった。
赤い布が敷き詰められ、窪みにきっちり納まった硬貨の中央には、
剣を地面に突き立て跪く騎士の刻印が施されている。
威流は「何かの記念硬貨かな?」と思ったが、
衛兵がその場で腰を抜かしたのを見て、かなり高価な物であると察した。
こういった厚顔無恥で不遜な輩に貸しを作ると後が怖いので、
威流は謝礼を断る適当な理由を付ける。
「随分と手厚い謝礼では御座いますが、
私にとってはボーゲン様とお近づきになれた事に意味があると感じます。
それと比べれば、差し出された物に大した価値が無いようですね」
威流は差し出された物に手を翳して受け取りの拒否を示し、
余裕の笑みを見せると何か大物っぽい感じになってしまった。
「あっはっは、これはまいりました。
そこまで申されてはかないません、無粋な真似をお許し下さい。
タケル様は魔法使いにしておくのが実に惜しい御仁でございますな」
上機嫌となったボーゲンは胸元に手を入れ、
赤い金属で造られたかまぼこの板を薄くした物を取り出した。
「それでしたら、こちらをお受け取り下さい。
我がキモチー家の客人の証となります”貴族徽章”でございます」
威流は焦る。
謝礼を上手く躱したつもりになっていたが、
もっと厄介な物を引き寄せてしまったのだ。
あれ、受け取ったらマズイよな。
「私はボーゲンの関係者です」と証明する物なんて、
”選民意識強めの恥知らず”と書いた襷を掛けて歩く様なものだ。
しかも、この男の名前”ボーゲン・キモチー”と言うのか!?
最初、ボーゲンと聞いた時は、
階段に大岩を転がして人を圧し潰したり、
サボりながらも巨大な戦艦を建造したり、
最終的にはゾンビになって宝箱から出現するイメージだったのに。
全然とも言い切れないが、大分イメージが違う。
”暴言が気持ちいい”なんて、名は体を表すという事でいいのか?
名乗る事で自分の性癖を暴露してくるなんて、
とんだストロングスタイルの持ち主じゃないか。
色々な意味で危険すぎる。
ボーゲンはきっと平民には蛇蝎の如く嫌われているはずだ。
威流が余計な事を考えている内に、
ボーゲンが威流の手に赤いかまぼこ板を握らせる。
「ここで断るのは相手の面子が潰れるぅ~!!」と言い訳を考える間も無く、
威流は放心状態のまま”貴族徽章”を受け取ってしまった。
「タケル様、”貴族徽章”は遠慮なくお使い下さい。
平民の商人などがそれを見れば縮み上がりますぞ」
そう言うとボーゲンは馬車に乗り、
晩餐会へ向かう出発準備が整う。
いざ出発となった時、
ボーゲンは馬車の窓を開けると惚けている威流に声を掛ける。
「そうだっ!!
タケル様、お時間のある時は是非我が家にお立ち寄り下さい。
私の愚息を紹介させて頂きたいので」
そして馬の嘶きと共に馬車は走り始め、
ボーゲンはいつの間にか見えなくなっていた。
放心状態であった威流だが、
ボーゲンの一言で意識を取り戻した。
威流はボーゲンの息子の名前がどうにも気になってしまう。
一体、何が気持ちいいのかを・・・
「はぁ、とんでもない奴に目を付けられてしまったな」
威流は溜息を吐きながら、
手の中にある赤い金属板に目をやる。
金属板の表面には”薔薇に虎の横顔”の家紋と思しき紋様と、
その下に大きな文字が刻まれていた。
「これ家紋かな?名前の割には随分と格好良いな」
しかし、これの使い道がよく分からないぞ。
商人に見せるとか言ってたけど、何の目的で見せればいいのだろうか?
威流が金属板を指で小突いてみたり齧りついたりしていると、
驚いた衛兵がその行為を止めに入る。
「何をやっているんですかっ!!
それはすごく貴重な物なんですよ!!」
「そうなんですか?
何に使えるのかさっぱり分からないので」
気が抜けて、すっかり”常識人モード”を解いてしまっている威流。
先程までの威厳はどこへやら、何も知らない田舎の平民に成り下がっていた。
「それを持っているだけで、
馬車であればボーゲンの屋敷まで無料で乗せてもらえます」
「配送先は決まってるけど、着払いが出来るという事ですね」
「チャクバライ?」
「すいません、何でも無いです・・・」
なにやら衛兵はこの”貴族徽章”について詳しい様なので、
使い道について聞く事にする威流であった。




