80話 奇跡は諦めない者にのみ降り注ぐ・・・
石造りの建物の中へ入った威流。
若干の埃っぽさを感じる匂いが鼻を突く。
窓から射し込む光以外に蝋燭などの明かりは無く、
イメージとは違う薄暗い室内に威流は驚く。
「なんでこんなに暗いんだ?」
窓からの光が当たる場所が点在しており、
みな一様にそこへ座り本を読みふけっている。
厚みのある装丁の本を手にしている者から、
羊皮紙をただ束ねただけの物をめくる子供など、
本と言っても多種多様な物があるようだった。
薄暗い中を足元に気を付けながら歩いて行くと、
壁際にいくつもの本棚が整然と並んでいるのに気が付く。
「窓の光が当たる範囲には本棚が一切無いのは、本の日焼けを防ぐ為なのか?」
遮光カーテンなんてあるはずも無いし、
空調も無いから本の管理に気を配ったというところか。
黄色い魔石で光源を出して探したいが、
すぐ衛兵が飛んできそうだから我慢しなくては。
威流は視界の快適さを諦め、大人しく本の物色を始める。
本棚の前に立ち止まって目に付いた本を手に取り、
適当な所を開くと見た事も無い文字の羅列に眩暈を覚える。
「これはキツイ。見慣れていない言語とはこうも絶望感があるのか・・・」
早くも心が折れそうになる威流。
だが、この試練を乗り越えないと飢え死にが待っている。
「ちょっと、子供向けの絵本辺りから始めよう」
威流は一旦、
全ての本棚を見てから教材とする一冊を決める事にした。
本棚にある本を一つ一つゆっくりと品定めをしていき、
興味を引かれそうな物を探していく。
今の威流にはどれもが難しい古文書の様に見えており、
子供用の絵本ですら”古代に描かれた壁画”ともいうべき代物であった。
「どうやって選べっていうんだよぉ~」
一番最後の本棚まで来て、威流はその場に座り込んでしまう。
もうテンションが大暴落を起こしてストップ安まで落ち込んでいる。
意気消沈したところでカロリーは待ってはくれない。
明日を生きるカロリーと祭りのテンションを維持する為にも、
泣き言を言っている場合では無い。
「もう、この本棚に有るやつで決める」
やけくそ気味の威流は座ったままの体勢で本棚へ向き直し、
端に置いてある本から順に見ていくと、明らかに異質な物が置いてあった。
「そんな馬鹿な・・・」
暗い中で見間違えたのかと思い、
目頭を押さえてからもう一度見直すが、それは見間違いでは無かったのだ。
辞書程の厚みがある三冊の本の背表紙にはこう書かれていた。
” マ ヨ イ シ モ ノ ヘ ”
異世界に来て片仮名で書かれた本が見つかるとは思いもしていなかった。
威流はその本をすぐさま手に取り、
光の当たる場所へ移動する。
地べたに座り、本の表紙をめくり読み始めると、
最初のページにはこう書かれていた。
マヨイシモノヘ
トツジョ ミシラヌチヘ ミチビカレシ モノヨ
アセリ マヨイ クノウ シテイルノデアロウ
オヌシノ キモチハ ヨクワカル
ダガ アキラメテハ ナラヌ
イキテ コキョウニ カエルノダ
ココニ ノコス サンペンノショヲ
イキル キボウトシ マナブノダ
オヌシノ タスケト ナランコトヲ
セツニネガウ
読み終えた威流はとんでもない事実を知る事となった。
「俺と同じ様に異世界に飛ばされた奴がいたんだ」
これの著者は生きて元の世界に帰る為に動いている。
そして、同じ境遇になった者のために何かを残していった。
「そうだよな、誰でも考える事は同じだ。
帰るんだよ、自分の家に!!」
この三冊の本に何を残してくれたのか?
学ぶと書いてあったからには、この世界についての知識であるはずだ。
威流はページを捲り、次ページに目を通す。
そこには、片仮名で書かれた文字の横に異世界の文字が並び、
最後に片仮名で書かれた謎の言葉が書かれていた。
更に、その三つの連なりが縦にもびっしりと並べられていて、
書かれている内容については一目瞭然であった。
「これは異世界語の辞書だ。
元の意味と異世界語での表記と異世界での発音が記されているんだ」
これは便利なんてものじゃない。
奇跡だ、奇跡としか言い様が無い。
「誰だか知らないけど、この本を残してくれた事に感謝します」
威流は興奮冷めやらぬ状態でページを捲り続けると、
至る所に二重線で修正された跡が残されていた。
「著者の作成時の労力が伺える。
他の誰かの為にここまで頑張るなんて」
威流が感心しながらページを捲り続けていき、
最後のページに差し掛かると、そこには龍と虎が描かれていた。
緻密に描かれた睨み合う龍と虎は躍動感に溢れ、
悩める者の背中を力強く押してくれる、そんな凄みがあった。
「龍と虎・・・まさかな・・・」
何故か威流はその絵に既視感を覚え、少々思い当たる節もあったが、
その可能性は極めて低いと気にするのを止めた。
「取り敢えず、今後の方向性は決まった。
この三冊で勉強を進めていこう」
語学に関してはどうにかなりそうな威流であったが、
食料問題については、まだ解決の糸口が無かった。
池の広場へ帰る道すがら、ダメもとで町の近場の森に寄ってみたところ、
食べられる果物と魚の生息する川を見つけ、当面の食料問題は無事解決に至った。




