76話 親切とは”ささやか”で”地味”なものなのだ・・・
威流が落ち着いた所で、
御者は腰に下げていた動物の皮で造られた袋を差し出した。
威流はそれを受け取るが、
それが一体何なのかが分からず革袋を持ちながら困った顔をしていると、
御者は遠慮をしていると思ったのか、袋の先に付いている蓋を開けてくれ、
飲む仕草をしながら威流に勧めてくる。
「まさか怪しい物でも入っているんじゃなかろうか?」と疑ったが、
覚悟を決めて飲んでみると普通に水だったので美味しく頂いた。
御者に革袋を返すと、なにやら話し始めたが、
”威流は言葉が分からない”とは思っていないのが困りものだった。
そんな時、ふと威流は思い出す。
以前、海岸でマティオンからお絵描き説明を受けていた時に、
”人に会ったら地図を見せろ”という内容があった。
そのお絵描きに従い、地図を取り出して御者に見せると、
最初は地図を見ながら御者はしゃべり続けていたのだが、
地図の上部に何か書いてあるのを見つけると御者は驚いた顔をしていた。
御者は何度か地図と威流へ交互に目をやると、
何か勝手に納得をして頷いている。
その後、御者は手で”付いて来い”と合図すると、
馬車の荷台に乗り込んだ。
御者に次いで威流も荷台に乗り込むと、
荷台には先程の丸太の男と齢15程の女性が横たわっていた。
女性の顔色は悪く、ぐったりとした様子から、
何かしらの病気であると威流は察した。
威流が彼女の額に手を当てると思っていた以上に熱く、
体温計で計らずとも高熱にうなされていると分かる程であった。
戦いのときとは異なり、
丸太の男も御者の心配そうな面持ちで彼女を見ている。
”ここは現代医術の知識で”なんて都合の良い展開にはならず、
医療の知識など無い威流が思い付いた事は、
魔石で出した氷で熱を和らげる事ぐらいだった。
荷台から降り、馬車から離れると茶色の魔石を起動する。
片手を斜め上にかざし、あるイメージをすると、
何も無い空間に小さな氷の塊ができ、次第に大きさを増していく。
直径三メートル横幅一メートルの氷柱が出来上がると地面に落ち、
その振動で馬車が大きく揺れた。
威流がイメージしていたのは、
かき氷の屋台やBARで使われる真四角の大きな氷だった。
ただ、威流が想像していたより随分と氷柱が大きくなったのは、
”攻撃にも使えそう”と余計なイメージの影響に寄るものであった。
大きな音に怯えた馬を鎮めるために御者が荷台から出て、
馬の手綱を手に取ると、地面に置かれた巨大な氷柱が目に入る。
驚いた御者は氷柱に近づいて触ってみると、
見たままの氷の塊である事に更に驚いていた。
威流は荷台に居た丸太の男に、
”あれを丸太で殴れ”と身振りで伝えると、
男は地面に転がっていた丸太を拾い上げ、
勢いを付けて全力で氷柱を殴りつけた。
氷柱は勢いよく砕け散り、氷の破片を辺りに撒き散らした。
威流は荷台に置いてあった桶を借りて、
手頃な大きさの氷を拾い集め入れていく。
御者から受け取った革袋の水を氷の入った桶に注ぎ、
女性の額に乗せていた水分の無い布を氷水に浸して強く搾る。
よく冷えた布を女性の額に乗せると、
一瞬びくついていたが微かな笑みが零れた。
その後も威流は氷を拾い集めては桶に詰め込み、
女性の額の布が温まると桶に浸してすぐに冷やした。
見知らぬ男のささやかな献身に感銘を受けた丸太の男は、
威流の手を取り何度も頭を下げた。
丸太の男は感謝の気持ちを伝えるべく、荷台に置いてあった革袋を手に取る。
革袋を持ち上げた時に聞こえた金属の擦れる音と袋の重量感から、
威流は袋に何が入っているかは想像がついた。
今の威流には喉から手が出る程欲しい物だ。
しかし、威流はそれを受け取らず、笑ってギャルピースをした。
丸太の男は深く深く頭を下げ、感謝の気持ちをギャルピースで伝える。
御者は先程見せられた地図で”男の目的地が自分達と同じ”であると分かっており、
せめて町までは送らせて欲しいと馬車の荷台に座らせようとしたが、
男はそれすらも首を縦に振らなかった。
馬車に乗って行けるなど威流にとって渡りに船と言わんばかりの話ではあったが、
”荷台の重量が増えれば馬車の速度が落ちる”と考え、好意を無下にすると分かっていてもそれを断った。
無造作に地面に置かれた丸太を荷台に乗せ、
御者は手綱で二頭の馬に進むよう合図を送る。
馬車はゆっくりと進み始め、町へ向けて街道を進んで行く。
荷台の後方に乗った丸太の男は名残惜しそうな顔をして、
威流が見えなくなるまで手を振っていた。
丸太の男は去り際に”カレキ・シジマ”と名乗り、
息子である御者は”ムスビ”、病気の娘は”ヨスガ”と教えてくれた。
町まで行けばまた会えるかもしれないと思いつつ、
「はやく言葉を覚えないと話も出来やしない」と、
学生時代には無かった勉学への意欲が湧いて来る。
「さて、急がないと今日中に町に着けないぞ」
威流は巨大蜘蛛の居るエリアでの野宿はご免被りたいので、
急ぎ街道を進んで行く。
後に威流は知る事になるのだが、
マティオンが地図の上部に書いておいたの文字は、
”この者は異国から来ており、言葉が話せない”という一文だった。




