73話 邪魔する奴は財力ひとつでダウンさ・・・
男はスマホを受け取り、恐る恐る耳に当てる。
「はい・・・えっ!?はい、はい、あの、その・・・」
電話口の相手が誰だか分かると、
管理人は途端に態度が変わり、先程までの勢いなど見る影も無くなる。
青ざめた顔に脂ぎった汗が流れ、スマホを持つ手は震えていた。
話を聞いて状況を把握した男は、
ゆっくりと蓮に顔を向けた。
”銃口でも突き付けられている”かの表情をする管理人に、
蓮は静かに問い掛ける。
「おいお前、俺の名を言ってみろ?」
「こ、このマンションの、オ、オ、オーナーの、
柾黄蓮様です」
「その通り、正解だ。
では、お前が持っている鍵がどう有るのが正しいのか分かるか?」
「もももも、勿論、柾黄様にお渡し致します」
「そうだな。その程度の事は分かるようだ」
管理人はジャージのポケットに入れていた鍵の束を蓮に差し出す。
蓮は鍵の束を受け取り、そのまま話を続ける。
「それで君は、職務怠慢と職権乱用によって懲戒処分を受ける事になり、
本日を持って解雇となる」
「待って下さい、先程の事はお詫び致します。
今後、この様な事が無いよう真摯に努めます」
「残念だが、それにもう少し早く気付くべきだったな。
今後の君は懲戒解雇の身で職を探さねばならないが、
柾黄財閥グループ及びその傘下、
取引先も含めた関係各社の全てが君を雇う事は無いだろう」
自分の起こした事がこんな大事となり、男は言葉が出てこない。
そんな絶望の淵に居る男の耳元で蓮が囁く。
「お前はもう死んでいる」
社会的に抹殺された管理人は愕然とし、その場にへたり込んだ。
その後、駆け付けた蓮の家の使用人達に連れられ、
男は姿を消す事になる。
管理人が持っていたスマホを受け取った使用人が、
蓮に声を掛ける。
「坊ちゃま」
呼び方が気に入らない蓮が使用人を一瞥すると、
その意図を察し呼び方を変えた。
「失礼致しました、蓮様。
このスマートフォンはいかがなさいますか?」
「そのスマホ、新しいのに変えておいて」
「畏まりました。お帰りまでにはご用意致します」
「宜しく頼んだよ」
そう伝えた蓮は葵の腕を引き、
エレベーターに向かう。
呆気に取られていた葵は、
何が起きていたのかを蓮に説明を求める。
「いったい、何をしたんですか?」
「買ったの、このマンション」
「はい?」
「だから、このマンションを今買ったの!!」
「だから、あの管理人をクビに出来たんですか?」
「そう。マンションの管理会社もうちの傘下に変えたから」
「まさか、本当にお坊ちゃんだったんですねっ!?」
「”本当に”ってどういう事だよ、まったく。
あと、”お坊ちゃん”って言うのも止めてくれ」
「良かったんですか?そんなにお金を使っても・・・」
「いいんだよ、どうせ大した使い道も無いし、
威流が俺に家賃を払うとか楽しそうでしょ。
とにかく早く威流の部屋に入ろう」
威流の部屋の前に着いた蓮は、
部屋番号の掛かれた鍵の束からお目当ての物を探し当て鍵を開けた。
ドアを開けると奥の部屋の明かりが点いており、
玄関から廊下を通り、奥の部屋の扉を開く。
奥の扉の先にあったのはリビングルームだった。
そこには誰もおらず、テーブルの上には威流の鞄と、
いつも着ている薄手のコートが乗せられていた。
蓮はそのままリビングとダイニングを探し、
廊下の途中にあった別の部屋は葵が探すことになった。
全ての部屋と風呂場やトイレを見回り終えた葵はリビングに向かうと、
リビングを隈なく探した蓮は、威流の鞄を調べていた。
「柾黄さん、どの部屋にも居ませんでした」
「そうか。鞄の中にスマホも財布も入っているから、
遠くに出かけたとは思えないんだが・・・」
「でも、鍵は閉まっていたんですよね?」
「どういう事だ!?神隠しにでもあったというのか?」
「あの、今日はここで待ってみませんか?」
「そうだな、どのみち他に手掛かりも無いしな」
二人は鞄をテーブルに置き、ダイニングテーブルに腰を掛け、
そのまま待ち続けるが、ただ時間だけが過ぎていった。
ふと、蓮は自分の鞄の中を弄り始める。
「柾黄さん、どうしたんですか?」
「いや、スマホに連絡来てないかなと思って」
「さっき、新しいのに変えてくれって言ってませんでしたっけ?」
「そうだった!!ちょっと、取りに入って来る」
蓮は立ち上がって玄関に向かい、
暫くしてから、蓮は使用人を伴って戻ってきた。
使用人は有名店のロゴが印刷されたいくつもの袋を手に持ち、
それをテーブルの上に乗せてから、部屋を出て行った。
「食べ物と飲み物を用意させたから、
好きな物を適当に摘まんでよ」
「ありがとうございます。
何か食べておいた方が良いですよね」
二人が食事を終えた頃には、
半分に欠けた月が窓から見える時間帯になっていた。
うとうとし始める葵に少し眠る様にと促す蓮であったが、
起きたまま威流を待ちたいと、葵はそれを断った。
蓮は交互に休んだ方が良いと説得し、
空いている威流のベットを使う様に勧めると、
恐ろしい程あっさりと葵は提案を受け入れた。
独りで待っていた蓮も、
テーブルに伏せて、いつしか眠ってしまっていた。
二人が眠りに落ちた頃、
白い魚の像の前には二つ折りにされた紙が二つ。
ただ、それだけが残されていた。




