72話 藪を突いて蛇ならまだいい。眠れる獅子を起こしたら、もう知らんぞ・・・
威流のマンション前に着いた二人は、
取り敢えず入り口まで向かう。
蓮は葵の歩く速度が公園の時と比較して、
若干早くなっているのが気になり指摘する。
「久城さん、隠しているつもりなのかもしれないけど、
所々でボロが出るタイプだよね」
葵は立ち止まり、また笑顔で圧を掛けてくる。
「何の話ですか?」
「威流は鈍感だから気付かないと思うけど、
目敏い人には誤魔化しが利かないぞ」
「さっき、私は何も言っていませんよ」
「はいはい、そうでしたね」
歩く速度を落とした葵と蓮は、
威流の部屋まで辿り着いた。
呼び鈴を押してから暫く待つも応答が無く、
強めにドアを叩き、呼びかける。
「威流~、居ないのか~?」
再度待ってみるが反応は無い。
「部屋の中で倒れてたりしてたら」
「ちょっと下に降りて、
管理人に事情を話して鍵を開けて貰おう」
「急ぎましょう」
二人はエレベーターで一階に降り、
管理人室へ向かい、受付用の窓に呼びかける。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」
すると、管理人室のドアが開き、
中から太った管理人とおぼしき中年男性が出てくる。
草臥れたグレーのジャージに汚れた茶色のサンダルを履き、
気怠そうな雰囲気が仕事中の態度とは到底思えなかった。
「はぁ~~、どうかされましたか~?」
大きく欠伸をしながら、
来客者へ向かって用件を聞く。
「お忙しい所に申し訳ありません。
このマンションの管理人の方でしょうか?」
「そうですが」
「不躾なお話で恐縮なのですが、実はここに住んでいる知人と連絡が取れなくて、
念の為、部屋まで行ったのですがそこで反応も無くてですね」
蓮は管理人に用件を伝えるが、
管理人は頭を掻きながら面倒臭そうに答える。
「家にいないんじゃないですか~」
「あの、部屋で倒れてたりしていないかを確認したいので、
部屋の鍵を開けて貰う訳にはいかないでしょうか?」
無理を承知で葵が管理人にお願いをすると、
男はニヤニヤしながら、葵を舐め回すように見ている。
「どうなんですか?開けて頂けるのでしょうか?」
蓮は質問に答えない管理人に確認をすると、
男は自分の立場が優位であると感じたのか、横柄な態度に出る。
「こちらも忙しいんで我が儘を言われても困るんですけど、
その部屋の人のご家族か何かなんですかぁ~?
あと、何かそれを証明出来る物持ってます?」
管理人としての当然の確認事項だが、
蓮はこの男が何か良からぬ事を考えていると感じ取った。
なるべく早くこの話を終わらせるべきと思った蓮は、
そこそこ中途半端な事を言って強行突破しようとした。
「そうですね、家族みたいな関係の者です」
この言葉に葵が反応して、
つい変な事を言い出してしまう。
「将来的に家族関係になっているはずの者です」
二人が語る内容は、どちらも関係性の曖昧さを誤魔化しきれておらず、
管理人は下卑た笑みを浮かべる。
「つまり、家族では無いという事ですね。
そうしたら鍵は開けられませんね」
「本当にどうにかならないでしょうか?」
管理人は食い下がる蓮を満足そうに眺め、葵を指差し答える。
「それでしたら、そちらのお嬢さんとの食事なんてどうですか?
その後のお酒にも付き合って頂けるのであれば考えますよ」
剥き出しになったこの男の欲望に、葵は嫌悪感を露わにする。
管理人の不適切な要求に怒りを覚えた蓮は、
紳士的な態度は止め、そのくだらない要求を強く拒否する。
「普段からそんな愚劣な事をしているのかっ!?
駄目なら駄目で終わりだ」
「私はどちらでも構いませんよ。
まあ、どうしてもと言うから提案しただけですので」
「こいつっ!!」
「柾黄さんっ!!ちょっと待って下さい」
葵は蓮の腕を引いて管理人から遠ざけ、
あの男に聞こえない様に小さな声で自分の考えを伝える。
「私、あの人と食事に行きます。
赤音さんが無事かを確認したいんです!!」
「馬鹿いってんじゃないよ、何されるか分からないから絶対にダメ。
そんな事させたら、激怒した威流にぶん殴られる」
「えっ!!赤音さん、
私の為にそんなに怒ってくれるんですか?」
「今、論点はそこじゃないでしょっ!! とにかくダメです。
はぁ~、もう仕方が無いなぁ~」
何かに観念した様子を見せた蓮は、
スマホを取り出して電話をし始める。
「あっ、どうも~、お久しぶりです。
いやいや、そんな事ないですよ~」
電話口の相手と親しそうに話している蓮の横で、
心配そうな顔しながら、ただ待つしかない葵。
「それでですね・・・
直ぐに対応して頂きたいのですが・・・
はいはい、切らずに待ってますね」
蓮はスマホを顔から離して葵に一声掛ける。
「もうちょっとだから、待ってて」
電話の相手から何かを伝えられた蓮は、
丁寧に礼を述べて電話を切り、また連絡を待つ。
蓮のスマホに着信が有り、また何かを話し始める。
「突然の事で申し訳ありません。
ええ、ええ、それではもう通達済みという事で・・・」
「それでは、お願い致しますね」
蓮はスマホを顔から離して、握ったまま管理人の前まで歩いて行く。
何が起きているか分からない葵は蓮を追う。
近寄って来る蓮に管理人は人生で一度も経験の無い威圧感を感じた。
来た時は単なる優男だと思ったこの男が、
今はガラリと雰囲気が変わり、溢れ出す気品と圧倒的な強者感を醸し出している。
愚鈍なこの男でもはっきりと分かる事がある。
”俺は相手を見誤った”という事だ。
管理人の前に立った蓮はスマホを相手に差し出した。




