70話 何事も対岸の火事と思う事なかれ、明日は我が身だ・・・
公園の中を進みながら蓮が昨日の経緯を葵に話すと、
この荒唐無稽な話を興味深そうに聞いていた。
特に”願いを叶える”という部分で目を輝かせている、
それが威流と似ているのに”何かが違う”と感じさせた。
話を聞き終えた後に、
「鯛焼き屋の主人にも赤音さんが来てないか聞いてみましょう」
と葵がまともな提案してきたのは蓮には意外だった。
葵の提案に乗り、先に鯛焼きの屋台に向かうと、
昨日と同様に目に引っ掻き傷の有る店主が店番をしていた。
蓮達に気付くと、店主は業務的な挨拶で客人を迎える。
「いらっしゃい、いくつご用意しますか?」
昨日見せた店主の穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、
鯛焼き屋の店主らしからぬ”戦う漢”の表情に戻っていたが、
蓮は気にせずに問いかける。
「あの、昨日に私ともう一人が来たのを覚えていらっしゃいますか?」
その問い掛けに店主は鉄板に落としていた視線を蓮に向ける。
「あぁ、お連れさんが私の知人に似ていた・・・」
「その連れについてなんですが、あの後にまた来たりしませんでしたか?」
「いや、来ていませんが。どうかなさったんですか?」
「今日会社に来ていなくて、電話にも出ないんで探しているんです」
蓮の話を聞いた店主の手の動きが止まった。
無言のまま何かを考えている様子だったが、おもむろに口を開く。
「関係あるかは分かりませんが、
かなり前、もう二十年以上前になりますが、
大切な恩人が行方不明になった事があるんです」
ゆっくりと物憂げに語る店主の言葉に二人は黙って耳を傾ける。
「鯛焼き屋を始めると言ったらお祝いに駆け付けてくれましてね。
強く豪快で優しい人だったんですよ」
「ですが、お祝いに来てくれた日。
恩人は家にも帰っておらず、そのまま消息を絶ってしまった」
店主は威流を見た時と同じ、懐かしんでいる様な悲しんでいる様な表情に、
あの時には無かった後悔の念が感じられた。
「私のお祝いになんて来なければこんな事にはならなかった。
だから戻って来るまで、ここで待ち続けようと思っているんです」
店主の話は蓮の想像を遥かに凌駕する内容であった。
先程まで蓮の中にあった「威流は手間の掛かる奴だなぁ~」感は消し飛び、
「変な事に巻き込まれているのでは!?」感が怒涛の如く押し寄せる。
「あの・・・その行方不明になった方の手掛かりとか、
原因などは分かったのでしょうか?」
蓮は店主に分かり切った問いを投げ掛けるも、
想像通りの答えを聞く事になった。
蓮は話を聞かせてくれた店主に礼を伝え、
その場を去ろうとすると店主に少し待つ様に言われ、
その場で待つ事となった。
無駄に不安を煽ってしまったお詫びとして、
店主は白い鯛焼きを四個包み、蓮に手渡してきた。
蓮は店主の心遣いに丁重に礼を述べ、
葵も会釈をしてその場を後にした。
暫くは無言のまま歩き続けたが、
葵は威流の事が心配になり、不安を口にする。
「赤音さん、大丈夫なんでしょうか?」
「分かんない・・・俺も少し不安になってきた」
「誰かが赤音さんを誘拐して監禁でもされていたら」
「そんな物騒な話じゃないよ、きっと・・・」
心配する葵を宥めつつも、
さっきまでその犯人が葵ではないかと疑っていたという、
永遠の秘密を抱える事となった。
程無くして、草むらの中にあるお社に到着する。
「さっきの話してくれた魚の像ってこれですか?」
「そうなんだけど、なんか気分の問題かもしれないが、
昨日見た時と雰囲気が違うな」
威流と話してた時に”願いの叶え方が破壊神”などとふざけていたが、
行方不明の話を聞いたせいか、不穏な空気を漂わせる”邪神の像”に見えてきた。
白い魚の像に良からぬ雰囲気を感じ取っていた蓮だったが、
しゃがみ込んで見ていた葵が更なる追い打ちをかけてくる。
「柾黄さん、これっ!!」
葵が指差す先には、二つに折り畳まれた紙があった。
「それは、お供え物で置いていった鯛焼きの包み紙・・・」
「中身が無いですけど、神様が食べたのかしら?」
「ははは・・・そんな訳有るはず無いじゃないか」
「そうですよね。きっと野良猫とかが食べたんでしょうね」
焦る蓮を他所に、包み紙を拾いポケットに入れた葵は、
蓮の持つ白い鯛焼きを二つ取り、その場所へ置こうとする。
その様子を見ていた蓮の焦りは加速して、光の速さを越える勢いになる。
「ちょちょちょっ、ちょっと久城さん。何をしてるの?」
「えっ!?お供え物をしてるんですけど」
焦り、声を掛けてくる蓮に驚く葵。
「いやいやいや、良くない。それ本当に良くない」
「まさか、あの話を本当に信じているんですか?」
「その、さっきまで信じてなかったけど、今は違う」
「柾黄さん、案外子供っぽい所があるんですね」
クスッと笑い、皮肉を言いながら容赦無く鯛焼きを置く葵であったが、
子供っぽいと言われても、行方不明になるよりマシと蓮は思った。
そして、”邪神の像”から漂う不吉な予感を払拭出来ない蓮は、
「まさか、昨日の威流と同じ立場になるとは」と思い、
今後はもう少し威流の言う事を聞いた方が良いと反省するのであった。




