68話 ”常識”や”普通”の曖昧さは、他人との価値観の違いにある・・・
デスク内からは手掛かりが見つからず、
次に蓮が目を付けたのはデスク上にある二台のPCだった。
蓮は二台のPCとモニターの電源を入れ起動を待つ。
暫くすると二つのモニターにパスワード入力画面が写し出され、
蓮は分かりそうで分からないパスワードを推測する羽目になる。
「あいつがパスワードで使いそうなものか・・・」
威流は案外適当な性格をしているから、
簡単に入力出来るパターンだと思うんだけどなぁ。
蓮は数字やアルファベットを順番に入れてみたり、
本人の名前にしてみたり、会社名にしたり試してみたが全て違っていた。
「久城さん。威流のパスワード思い付くのある?」
蓮は作業を後ろから見守る葵に問い掛ける。
「う~ん、流石に思い付きそうなの無いですね・・・
そっちのパソコンは柾黄さんに任せるので、
こっちのパソコンは私がやりますね」
デスクの左側にあるPCを蓮が、
右側にあるのを葵が担当する事になった。
葵はそこいらの椅子を持ってきて作業を始める。
蓮は入力に手間が掛からない簡単なパターンを探し、
葵は威流の好きそうな物から探していく。
思い付いたものから手あたり次第入力していくが、
桁数も分からない英数混合のパスワードを探し当てるなど、
普通に考えれば不可能な話であった。
直ぐに行き詰まり、蓮は頭を抱えているが、
葵は黙々と作業を続けている。
「はぁ~、威流は変な拘りを持ってるからなぁ~」
あいつが最近ハマっていたものってなんだっけか?
何にか飯を食べている時に話していた俺にはよく分からなかった事・・・
蓮は記憶を辿り、何か覚えていないか探ってみると、
何かのゲームを勧めて来た時の事を思い出す。
ある日の食事中に料理に手を付けずに話に夢中になっている威流と、
”説明が分かりにくい”と思いながら料理を口に運んでいる蓮。
「そんでね、連射クロスボウを避けてだね」
「なに、その凶暴な赤ずきんは?奴隷なのに騎士なの?」
「ダークファンタジーなの、そういうゲームなの」
威流が今ハマっているゲームの話をしているのだが、
話の内容が頭に入って来ないので、蓮は素直に感想を述べた。
「面白さがまるっきり伝わってこないんだが」
「蓮もやってみれば分かる」
「威流がそこまで夢中になるのがよく分からない」
「コントローラーを投げたくなるくらい楽しいぞ」
正直、威流が何を言っているのかさっぱり理解出来ず、
誰もが聞くであろう質問を投げかける。
「ゲームの素人だから一応聞くが、それは楽しんでいるのか?」
「投げてからが始まりみたいなものだ!!」
「試合中にラケット投げるテニスプレイヤーみたいな感じ?」
「それとは違う」
威流は蓮のたとえ話を、首を横に振って否定した。
自分で分かり易い例を挙げてみた蓮だが、
何かが違うらしく、”じゃあ、何なの?”と蓮は思っていた。
”投げる”件について理解する事を諦めた蓮は、
自分の趣味に威流を巻き込もうと画策する。
「まあいいや。でさ、もし俺がゲームに付き合ったら、
お前は俺とのテニスに付き合うのか?」
威流は身体を横に逸らしながら、
一瞬嫌そうな顔をしたが、少し唸ってから答えを出した。
「むむむ、布教の為ならぁ~・・・致し方あるまいっ!!」
「へぇ~、意外な回答で驚いた。そんなに俺と遊びたいのか?」
「むむむぅ~、やぶさかではない」
「よし、いいよ。じゃあ、俺もやるよそのゲーム」
辿った記憶は、蓮にとっては楽しい思い出であり、
しかも、その中に”これだ”と思う要素も見つけられた。
蓮は早速、思い付いた文字を入力するが、
無情にもPCのロックは解除出来なかった。
「あっ!!分かったかも」
蓮はスマホで何かを調べ、キーボードを叩き始める。
「f、r、o、m、h、a、・・・・・・」
全ての入力を終え、エンターキーを押す。
すると解除音が鳴り、モニターにデスクトップ画面が写し出される。
「やっぱり!!
あいつ会社のパソコンにどんなパスワード設定してんだ、本当に」
その声に葵が反応する。
「分かったんですか!?パスワード、何だったんですか?」
「あいつの好きなゲームを作った会社の名前。
”from hardware”だった」
「赤音さん、自分の好きな物をパスワードに設定してたんですね」
「そうみたい。なんか変な拘りがあるんだよ」
「そうなんですね・・・”好きな”ものを・・・」
この時、葵は良からぬ事を考えており、
威流のPCのパスワードを勝手に”自分の名前”にしようとしていた。
現在のパスワードが分かれば、パスワードの再設定が出来る。
その事実が葵の恋心を間違ったの方向へ走り出させた。
好きなものをパスワードにするという事は、
”パスワードにしたものを好きになる”という事では無い。
そんな当たり前の理屈を明後日の方向に捻じ曲げさせたのは、
”好きな人に好かれたい”という葵の平凡でありきたりな欲望だった。
葵は念の為、パスワード入力欄に自分の名前を打ち込んでみたが、
結果はお察しの通りであった・・・




