59話 物事が思い通りにいかないのは、運命が質の悪い悪戯を仕掛けてくるからだ・・・
外観が赤い教会の内部が、想像通りの赤さで落ち着かない。
この内装で落ち着けるのは”サンタクロース”か
”コーラを作っている会社の社員”ぐらいのものだろう。
とはいえ、五人掛けの木製の椅子が整然と並べられ、
窓から入る光と蝋燭の灯りで、それとなく教会の体は保たれている。
祭壇の台座の上には、カタカナの「ト」が掲げられ、
その前では人が祈りを捧げている。
教会らしい厳かな雰囲気・・・
は、やっぱりそんなに感じられない。
主張の強い赤い装飾と燦然と輝く「ト」が精神をお祭りモードへ持っていく。
辛うじて法衣を着たAEDや山賊僧侶など、それっぽい人が居るからぎりセーフなだけで、初めて来た人の大半が”祈りを捧げる場所”とは認識しないであろう。
祭壇前に着くとAEDは椅子に座る様に促してくる。
好奇心から威流は教会内部の至る所に視線を向けながら、
AEDの指示に大人しく従い、祭壇前の椅子に腰を掛ける。
「タケルー」
突然の呼びかけにビクッとして、声のした祭壇前に視線を向けると、
そこには、にこやかな笑顔で手を振るリリーの姿があった。
威流は思わず椅子から立ち上がる。
全力で駆け寄って来るリリーの勢いは止まらず、
威流の足にぶつかると、そのまま抱き着いている。
どうしていいか分からない威流の両手が行き場を失っていると、
足に抱き着いたまま、屈託のない笑顔を向けるリリーに胸が締め付けられる。
狼狽える威流の胸ポケットがもぞもぞと動き始め、こげちゃんが顔を出す。
それを見たリリーは両手を伸ばして、こげちゃんを渡して欲しいと要求してきた。
威流が胸ポケットのこげちゃんを掴んでリリーに渡すと、
胸に抱いたまま傍の椅子に座り、こげちゃんに話し掛けていた。
その隣に座った山賊僧侶も話に加わり、二人は楽しそうに話し始めた。
呆気にとられ、茫然と立ち尽くす威流の前に、
戦いの時に会った女性が現れ、深々と頭を下げる。
年齢は20代半ばであろうか。
腰まで伸びた長い黒髪に、薄っすらと日焼けした健康的な印象を受ける肌。
黒目が大きくクリッとした瞳に、真っすぐ通った鼻筋と控えめな唇。
その可愛らしい女性の姿から、リリーは母親似なのだと思った。
AEDはその女性に向けて手を差し、何かを話しているのは、
この女性の紹介をしているのだろうか?
リリーの母親が少しだけ話した後に、また頭を下げている。
何について頭を下げているのかが俺には分からない。
「あの・・・」
リリーの父親。いや、この人にとっての夫について、
どうやってお詫びを伝えればいいのか・・・
口ごもってしまう威流の様子を見て、
リリーが大人達に一言伝える。
「タケル、くぁwせdrftgyふじこlp」
リリーのこの一言で、何故か俺に視線が集まり、
皆一様に驚いた表情をしていた。
そして、AEDが少し語気強めにリリーに再度何かを聞いていたが、
リリーはまた同じ事を繰り返し言った。
「タケル、くぁwせdrftgyふじこlp」
リリーが俺の事について何かを伝えたみたいだが、
一体、何を言ったんだ?
リリーは席を立ち、威流の前まで来ると
「かゆい」
「うまい」
と言って、得意げな顔をしていた。
一応、俺もリリーに続いて
「かゆい」
「うまい」
と微妙な発音だとは思うが、なんとか言葉を口にする。
その時のAEDは口が半開きのまま、途轍もなく落ち込んだ表情で固まっていた。
良からぬ事を企んでいたが、きっと当てが外れたのだろう。
なるほど、リリーのお陰でやっと理解出来た。
AED達は言葉が通じてないって分かって無かったのか・・・
山賊僧侶も身振り手振りで何かを伝えようとしてくるので、
頭を横に振って”分からない”と意思表示をするとAEDと同様に動きが止まった。
いつの間にか壁際に立っていた、大剣持ちの僧侶がこちらに向かってきて、
何がそんなに可笑しいのか、腹を抱えて笑っていた。
「あぁ、そうだ。この人にお礼を伝えねば」
笑いが止まらない大剣持ちの僧侶の前に行き、
威流は頭を下げながら、感謝の言葉を口にする。
「今まで色々と助けて頂き、本当にありがとうございました」
大剣持ちの僧侶は、頭を下げる威流の肩をバシバシ叩きながら、
まだ笑っていたが、何かを思い付きしゃがんでリリーに耳打ちをしている。
すると、リリーが大剣持ち僧侶を指差し、また得意げな顔をしている。
「ティキン」
「チキン?」
突然の事に理解が追い付かない。
大剣持ちの僧侶は鶏肉が好きなのか?
すると、大剣持ちの僧侶が右手を差し出して言葉を発する。
「ティキン・サンダース」
ああ、そうか。自己紹介をしているのか。
チキン・サンダース?
商品名なのか、経営者名なのかはっきりしない名前だな。
余計な事が頭を過った。
こちらも自己紹介せねば。
「えっと、赤音威流です」
威流は聞き取り易い様にゆっくりと名乗り、チキンと握手を交わす。
「アカネ・・・タケル」
リリーが俺を指差し名を呼ぶ。
「タケル」
大人達を前に、自分がものを教える立場になったのが嬉しいのだろう。
リリーは終始楽しそうにしている。
そんな様子を見て、リリーの母親も口に手を当て笑っている。
可愛い・・・
お淑やかな仕草の女性に心を奪われている威流であった。




