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第38話  知ってしまった想い



「私は朱璃様と結婚いたします」」

「本当ですか――?」


 咲良の言葉にぱっと顔を輝かせた朱璃は、腕の中に咲良を抱きしめる。

 花のように優美な笑みにドキンとして、笑い返す。だけど、咲良は胸が苦しくって上手く笑えた自信がない。

 ずっと分からなかった。

 自分の好きという気持ちと、朱璃や柚希が自分に向けてくる好きという気持ちの違い。

 咲良が紅葉や柚希に対して大切だと思う気持ち。ふわりと温かく包み込むような優しい気持ち。

 だけど、あの人を思い出すと、咲良の心は激しくかき乱される。

 苦しくって、切なくって、だけど恋しくて――

 愛おしくて仕方がない。自然とあふれる気持ちに、咲良はこの時はじめて自分の恋心に気づいた。

 なんという因果なのだろうか……

 まさか、朱璃との婚姻を決意した瞬間に、自分の気持ちに気づいてしまうとは……

 朱璃と結婚するということは、咲良は一生、その気持ちを口にすることも、叶えることも出来ない。そのことを思い知って、やるせない。それでも――

 青羽を守ることが出来る。そう思えば、無理してでも笑顔を作れた。



  ※



 朱璃はすぐに王と紅葉に咲良との婚姻の話を提案する。

 咲良から了承を得たとしても、この場合、王と大巫女の許可がなければ勝手なことはできない。

 朱璃はミスティローズの力を一度使っていることを言い、その上で戦を勝利に導くことを約束した。

 王は返答を渋っていたが、大巫女である紅葉が咲良が了承しているのなら許可すると言い、王も渋々許可した。

 もちろん、咲良は巫女の宣旨を受けたばかりで大巫女になるためにはまだまだ修行が必要だったため、婚約式を行い、大巫女になったあかつきに婚姻ということになった。

 大巫女になるには、神に純潔をささげる清き乙女でなければならない。もちろん、ミスティローズの力を使うためにも。

 ただ、婚約さえしてしまえば、朱璃以外が咲良の力を使うことは出来なくなる。いずれは――と、今はこれで良しとすることにした。

 咲良に婚姻の話を切り出した時、受け入れられる確率は五分五分だった。まだ出会って一月も経っていない。もっと時間をかけて振り向かせるつもりだった。だから断られる覚悟もしていた。

 抱きしめた腕の中で、咲良が迷っていたことも、朱璃は気づいていた。それでも、自分を選んでくれたということに、朱璃はその小さな幸せを抱きしめる。

 蒼馬国との戦がいつ始まってもおかしくない状況で、朱璃と咲良の婚約式は王族と大巫女と数人の巫女だけで簡素に執り行われた。形式だけをなぞり、手短に。

 ちょっと乱暴な朱璃のやり方に、作法を重んじる王族は反発も見せたが、戦の準備の方が大事だと言われてしまえば、反論はできなかった。

 王都の門は常時閉められ、王都以外の街にも戦に備えるようにとお触れが出された。



  ※



 婚約式が行われてから二日後、襲いくる蒼馬国の軍にすぐに対応できるように南門の近くの食堂千鳥亭の二階の宿部屋にいた咲良は、知華村が襲われた日から一度も村に帰っていないことが気がかりだった。力を使いすぎて倒れたところを蘭丸に王都に連れられて来てそれっきりだった。

 紅葉とは婚約式の時に王城で会ったが、ほとんど会話をすることもないままだった。

 神力を使いはたして倒れた時は肝が冷える思いだったが、王城で会った紅葉は元気そうで、少し安心していた。

 倒れてしまった柚希の事も気になっていたが、そのことは聞くことが出来なくて、咲良はもやもやとした気持ちのまま、一日中、部屋の中から出ることも許されなくてうつうつとした気分だった。

 このまま知華村に戻ることは出来ないのかしら――

 そんな不安が押し寄せて、咲良の心を揺らす。

 ミスティローズの力を使うことに抵抗もないし、朱璃との婚姻も、いまはどうしようもないというか自分に選択肢はないと思えば諦めるしかなかった。でも、紅葉や柚希、生まれ育った知華村の人々のことが気がかりで仕方がない。

 知華村は王都と東の街・小華との間にある村、王都から近い。戦が始まって村に被害はないか、また自分や紅葉を狙って軍が攻めてこないか心配だった。

 一度でいいから、村に帰りたい――

 そう思ったらどうしても気持ちがそちらに向いて、そわそわとしながら近衛隊を率いて見回りに出た朱璃の帰りを待った。

 昼過ぎ、交替で戻ってきた朱璃は、近衛隊の濃緋色の鎧にマントを羽織り、闇を切り取ったような漆黒の髪に赤が生えて、勇ましく見える。

 咲良はすぐに不安な気持ちを伝え、村に帰りたいと懇願した。

 朱璃は美しい眉を下げ、いま王都を離れるわけにはいかないし、厳戒態勢の王都を抜け出すこと自体が難しいと渋ったが、一日と言わずほんの少し話すだけでいいと涙ながらに訴える咲良に負けて、お忍びで知華村に連れて行ってくれると言った。


「本当に少しの間だけですよ」


 そう念を押されて、咲良は強く頷き返した。

 朱璃は、午後は執務をするため千鳥亭の宿部屋に籠るという口実を作り、部屋の外に蘭丸の配下の近衛兵を配置し、警戒の厳しい南門ではなく東門から蘭丸を伴って、咲良を乗せた馬で王都を抜け出した。



  ※



 王都から数時間馬を走らせ、ひっそりと知華村に辿り着いた咲良は、まず紅葉の所へ向かった。

 紅葉は咲良が来ることを分かっていたのか、開こうとした予言の間の扉は、咲良が押し開くよりも先にひとりでに開き、咲良はふいうちに部屋の中にけつまずいてしまった。

 時間がないからと、咲良は手短に紅葉が倒れた後のこと、王城で朱璃との婚姻の決意を固めたことを話す。

 こんなふうに話さなくても、すでに紅葉の耳にはすべて伝わっているだろうとは思っていたが、咲良はちゃんと自分の口から伝えたかった。


「そうか、お前がそう決めたのなら、私は咲良の選んだ道を応援しよう」


 そう言って涼しげな目元を和ませた紅葉が、村が襲われる以前と変わらぬ元気な姿で、咲良は安堵の吐息をもらす。

 倒れた時は、本当に心臓が止まるかってくらい驚いたが、神力は一時的に使いすぎただけであって、まだまだ大巫女の仕事は続けられるという。


「ふん、余計な心配をするんじゃない。咲良を立派な大巫女にしごきあげるまで、私はまだまだしぶとく生きるさ」


 ばしっと咲良の背中を叩いて、紅葉は不敵な笑みを浮かべた。

 予言の間の外で待っていた朱璃と蘭丸は、少し紅葉と話があると言い、咲良は一人柚希の部屋へと向かった。




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