嫌がらせのゴミ山
「持ってきたわよ」
ボロ小屋の前、ツンとしたクロエの声が響いた。
待ってましたとばかりに私とアルが外に出ると、いきなり、ものすごい悪臭が鼻をついた。
「うっ……! な、なんなんだ、これは……!」
さすがのアルも、途端に顔を歪めて鼻を覆った。
無理もない。周囲を漂うのは鼻が曲がりそうな生ゴミの腐敗臭と、機械油や泥が混ざり合った最悪の悪臭だ。
それをものともせず、クロエは荷車の横に仁王立ちしている。
だが、その荷台を見て私は思わず目を丸くした。
小さな荷台の上には、どう見てもその容積を超えた大量の黒い袋や、油ギトギトのボロやガラクタが、まるで蜃気楼のようにうず高く積み上がっていたのだ。
「何って、食材と生活用品よ」
クロエは匂いなど感じてませんといった風に、ふん、と鼻を鳴らした。
「いや、その前にこの荷車……どれだけ積めるんだ?
……それにクロエ殿、そなたはその細い身体に似合わず、ずいぶんと力持ちなんだなぁ」
「し、失礼な! 誰が力持ちよ!
これは魔法研究所から借りてきた『無限積載車』っていう数少ない第一級の魔道具なのよ!」
クロエは顔を真っ赤にしてキーキーと怒鳴り返した。
(なるほど、どれだけ積んでも動いてくれる魔法の荷車か)
世の中には便利なものがあるもんだねぇ、と私は感心しながらも、その『食材と生活用品』とやらをジロジロと眺めた。
(……ふむ。生ゴミに、粗大ゴミかね。ずいぶんな嫌がらせだこと。
それになんだい、これだけの食べ物を腐らせて捨てるとは。
とんだバチ当たりだよ……)
「ふん、匂いなんてものはね、しばらくすりゃあ鼻が慣れてくるもんさね」
強烈な臭気に耐えかねて、徐々に後ずさりしていくアルを尻目に、私はズンズン前に出ると、荷車の木枠に手をかけた。
「ちょっと、何する気……っ!?」
クロエが目を見開いて声をあげる。
「何する気? じゃないよ。お掃除に決まってるさね」
私は渾身の力を込めて唱えた。
「――きれいになぁれ! 汚れも匂いも飛んでいけっ!!」
手元から眩い金色の光が溢れ出し、うず高く積まれたゴミの山をまたたく間に包み込んでいった。
荷車そのものが真夏の太陽になったように輝いている。
「な、なんだこの光は……!?」
「きゃあッ!?」
アルとクロエが眩しそうに腕で目を覆う。
光の渦の中で、悪臭を放っていた生ゴミが瑞々しい音を立て、泥と油でギトギトだったボロ布が生き物のように形を変えていく。
やがて光が収まった時――そこには、悪臭のかけらもない、信じられない光景が広がっていた。
「……は? え? なに、これ……」
クロエが間抜けな声をあげてへたり込んだ。
頭痛に襲われたみたいに、こめかみを押さえて眉をひそめている。
驚くのも無理はない。
荷車の上に並んでいたのは、腐った野菜や生ゴミなどではない。
たった今、畑から収穫してきたばかりのような新鮮な野菜に、美しいサシの入った見事な大ぶりの塊肉。
そして、木枠にヒビが入り、今にも壊れそうだった荷車自体も、がっしりと力強い姿に生まれ変わっていた。
「ほぅ。さすが王宮、いい食材を使ってるねぇ」
これほど立派な肉や野菜、前の世界でもそうそうお目にかかれるものじゃない。
この見事なお肉。お父さんとお母さんに見せたらどんなに喜ぶことか……。
(あの一生懸命で優しい二人に、いつかこのおいしそうなお肉をたっぷりお腹いっぱい食べさせてあげよう)
胸の奥でそう誓いながら、私は隣の山へ目を移した。
粗大ゴミだったはずのボロ布の山は、息を呑むほど繊細なレースのカーテンや、見るからに寝心地の良さそうな厚みのあるマットレス、ふんわりと優しく輝く極上の寝具へと生まれ変わっていた。
だが、何より私の目を輝かせたのは、その脇にちょこんと並んでいたものたちだ。
「まぁ……! 素晴らしいじゃないか!」
私が荷台から引っ張り出したのは、持ち手の木肌も滑らかなホウキ、しっかりとした綿のモップ、そして頑丈そうな木桶。
(これだよ、これ!)
さっき、これさえあればもっと効率よくお掃除ができるのにと、喉から手が出るほど欲しかった、お掃除の『三種の神器』!
まさかこんな形で手に入るなんて!
私は嬉しさのあまり、モップやホウキをウキウキと抱きしめ、頬ずりしていた。
「ああ、このモップ糸のなんて厚くて柔らかいことか……それにこのホウキ、握り心地がいいねぇ……室内でも屋外でも使えそうだ……」
恍惚の声を漏らす私の横では、
「ば、馬鹿な……。ただの『掃除』魔法のはず……!?」
なんだかもの凄く恐ろしいものを見たかのように、アルが頭を抱え、青ざめて震えていた。
一方のクロエは、顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。
「……限界どころか……どう報告すれば……」
自分が嫌がらせのために積んできたゴミが、王城においてあってもおかしくないほどの高級品に化けた現実が受け入れられないらしい。
腰を抜かしている二人をよそに、私は真新しいホウキやモップを抱えながら、ふふふと笑った。
これだけ贅沢な食材と寝具、そして最高のお掃除道具が揃ったんだ。
このボロ小屋を、もっと住み心地のいい極上の我が家にしてやろうじゃないかね。
「魔法はほどほどに」というさっきの反省を完全に頭から追い出して、私は腕まくりをしたのだった。




