↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/62

ギルバートの思惑

物置小屋を出たクロエは、薄暗い森の道なき道を、魔法研究所に向かっていた。



高く聳え立つ防壁に囲まれた王宮は、気が遠くなるほどに広大だ。


紫の輝きを放つ絢爛豪華な王城を中心に、美しく整備された庭園や騎士の詰所が規則正しく並ぶ。


しかし、その完璧な配置を無視するように、城門の脇に石の要塞のような無骨な建物――魔法研究所が鎮座している。


あの物置小屋は、さらにその背後の森の奥――誰も気に留めることのない場所にひっそりと隠されていた。



クロエが直接王城に向かわず、わざわざ魔法研究所までやってきたのは、物資を運ぶための魔道具を借りるためだった。


それは『無限積載車』。


一見ただの荷車だが、内部には空間拡張の術式が施されており、見た目の何倍もの荷物を積むことができる。


しかも、手綱を持つだけで自走する優れものだった。


だがその術式を扱える魔法士はすでにおらず、修理もできない。


今となっては、わずかな台数しか残されていない貴重な魔道具だった。



魔法研究所の受付で、クロエが魔道具の貸し出し簿を記入していると、背後から不快なだみ声がした。


「おい、あのクソガキの様子はどうだ?」


口の端を歪めたヴァーゴが、クロエを見下すように立っていた。


「仲良くやってるか?」



(フン、自分こそギルバート様の一番の部下だって顔しちゃって……)


クロエは内心の嫌悪感を隠し、冷ややかに視線を返す。


「私が報告をする相手はギルバート様だけです。

あなたにお話しする義務はございません」


取り付く島もないクロエの言葉に、ヴァーゴはあからさまな舌打ちをすると、鋭い目つきでクロエを睨んだ。


「俺が拾ってやったんだってことを忘れるんじゃないぞ。この恩知らず」



クロエはヴァーゴを完全に無視すると『無限積載車』を携えて王城に向かった。




◇◇◇


かつてのクロエは、公爵家の令嬢『公女』だった。


威厳のある父、美しい母に可愛がられ、たくさんの豪華なドレスや大勢のメイドに囲まれた、何の不自由のない幸せな日々を送っていた。


しかし、『色彩の儀式』を境に何もかも変わってしまった。



クロエの手元からは『緑』の光が発せられたのだ。


しかも魔力量は『中』。



貴族にあるまじき色と量。


優しかった父母は、瞬時に冷酷な他人へと変貌した。


クロエは貴族令嬢の象徴である長い髪を切り落とされ、「公爵家には存在しなかったもの」として王宮に引き渡された。


それから何年もの間、この魔法研究所で奴隷のように扱われながら、過酷な下働きをさせられていたのだ。


だが、所長に就任したヴァーゴが、彼女の天性ともいえる素早い身のこなしに気づいた。


「王子に認められれば貴族に戻れる」と唆し、ギルバートへの点数稼ぎのつもりで、クロエを差し出したのだった。


◇◇◇



王城の中心に聳え立つ、最も高貴な者たちが集う中央塔。


らせん状に続く長い大理石の階段を上るほどに、窓の外の世界は小さくなっていく。


ギルバートの執務室は、国王陛下が座す最上階に次ぐ高さにあった。


まるで下界の人間すべてを見下ろすかのような位置からの眺めを、ギルバートは気に入っていた。


高い防壁に遮られ、そこからは国土も国民も見えはしなかったが。



控えめなノックの音がすると、クロエがスッと入ってきた。


「――ご報告いたします」


そして、物置小屋での出来事を語ってみせた。



メイシーの口調が妙に年寄り臭いこと。


そして、物置小屋はおろか、見るのも憚られるほど悲惨な状態だったトイレを、一瞬で快適な空間に変貌させてしまった、信じられない修繕能力の詳細を。



「下賤な話をするな」


ギルバートは不快そうに顔を顰めた。


「私が知りたいのは、その小娘がどのような人間なのかではない。『能力』の限界だ。

……だが、ただの掃除屋かと思えば、そこまでの修繕能力を、しかも範囲を広げて見せたというのか……」


ギルバートは宙を見つめ、しばし考えた。


「『あいつ』はどうした」


「アルカイドは、ご指示通りに封鎖結界を張っております」


「ふん」



執務机には、決裁を待つ書類が山と積まれている。


父国王が政務を放棄しているために、その仕事のほとんどがギルバートの元に押し寄せてきているのだ。


それは好都合でもあり、ため息が出るほど面倒でもあった。



「いちいち私の指示を受けずとも、その小娘の限界を見極めてこい」


「御意」


クロエはさらに深く頭を下げ執務室を辞すと、その足で王城の厨房へと向かった。



溜まっていた生ゴミを『無限積載車』に放り込む。


次いで、廃棄所で泥と油でギトギトになったボロ布やガラクタを、空間拡張の機能をいいことに容赦なく山積みにしていった。


(ふん。ギルバート様をこれ以上煩わせる前に、泣きっ面をかかせてやるわ)



ゴミを満載した『無限積載車』は、自動で滑るように進む。


クロエはギルバートに「よくやった」と褒められる自分を思い浮かべ、うっとりと微笑みながら、再び森の奥の物置小屋へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。