半分この携帯食
ボロ小屋の中は何もかもがきれいになったが、私はスッキリしていなかった。
「メイシー殿、どうされましたか?
測定では射程数センチの魔法だと聞いていましたが……もしや無理をしたのではありませんか?」
心配そうにアルが顔を覗き込んできた。
「いや、気合いは入れたけど、無理はしてないよ。ありがとう。
……実はね、あまりにも簡単すぎて、ちょっと反省してるのさ」
「は?」
「楽ちん過ぎてねぇ、お掃除を『やった』っていう実感がないんだよ」
前世で清掃の仕事をしていた頃は、時間に追われながら、床を掃き、壁を磨き、便器を拭きあげ、ゴミを集め、捨て、夢中になって身体を動かしていた。
忙しくはあったけれど、終わった後にお客様から「ありがとう、きれいになったね」と言われたときの、えもいわれぬ達成感と充実感。
それが、魔法で一瞬にして終わってしまった今、全く感じられない。
「魔法は便利だけど、ほどほどに使わにゃ、人間がダメになるねぇ……」
私はジッと自分の小さな手のひらを見つめ、深く自戒した。
「使えるものは使ったほうがいいじゃない」
さっき『安っぽい魔法』と言ったことなど忘れたかのように、クロエが鼻を鳴らす。
「楽して何が悪いのよ」
(若いのに、ずいぶん割り切ってる子だねぇ)
私は感心半分、呆れ半分でクロエを見つめた。
「若い時の苦労は買ってでもしろ、って言うじゃないか」
私が諭すように言うと、クロエは呆れたように肩をすくめた。
「アンタ、本当に七歳なの? なにそのババくささ」
(クロエさん大正解!! 中身は八十七歳のばあさんでした!)
――――――――――
「私は必要な資材をもらいに行ってくるわ」
一息つこうじゃないかと提案した私を無視するように、クロエは腰に手を当てると、胸をそらせて高飛車に言った。
「荷物持ちなら手伝おう」
アルの親切な申し出にも、クロエは「いいえ、結構です」と冷たく言い放ち、そそくさと小屋を出ていってしまった。
残された私たちは、ピカピカになったテーブルを挟んで椅子に座り、手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
「クロエさんは、もしかして何か食べるものでも持ってきてくれるのかねぇ。
さっきからお腹が空いて空いて困ってたんだよ」
腹の虫がぐぅと呼応した。
「どうでしょうか……。
王城まで行って戻るとなると、かなりの時間がかかると思いますが……」
アルは、目の前にいる私をチラッと見やると、鎧の隙間からスルッと手を入れ、銀色の包みを取り出した。
「軍用の携帯食ですが、もしよろしければ召し上がりませんか?」
遠慮がちに、差し出してくる。
(うーん、そのばばっちいシャツの中から出したんかい……?)
と思ったが、せっかくの親切だ。
(ちゃんと包装されているから大丈夫か)
私はそれを受け取った。
「いいのかい?」
「はい。つい現役時代の癖で持ち歩いているだけですから」
アルは「……私はもう、前線に行くこともありませんし」と、自嘲気味に目を伏せた。
(ふむ……何か、他人に言えない重たい過去でも背負い込んでいるような顔だねぇ。
ま、初対面の子どもに話すようなことじゃないだろうし、今は突っ込まないでやるとするか)
「じゃあ、半分こにしよ!」
私は湿っぽい空気を吹き飛ばすように明るく声を上げ、目の前の携帯食をパキッと二つに割り、片方を差し出した。
「あ、ああ……ありがとうございます」
アルは、自分の大きな手のひらに乗せられた小さなかけらと、私の顔を交互に見つめた。
その目は、どこか戸惑っているようだった。
こんな子どもの警護に回されるとは、きっと何かの事情があるに違いない。
(不本意な左遷……社内政治ってやつなのかねぇ)
携帯食とやらは固くて、決しておいしいとは言えなかったが、せっかくアルがくれたものなので、ニコニコしながら食べた。
(堅苦しいところはあるけれど、根は優しくていい子なようだね。
……よし、その汚れたシャツは、後できれいにしてやろう)
「魔法はほどほどに」というさっきの反省は頭の片隅に追いやって、私はふふふと笑ったのだった。




