包丁いらずのクッキング
さて。と私は手を叩いた。
「まずは、ここを一流の温泉宿みたいな快適空間に整えるよ!」
子どもたちが喜寿や傘寿のお祝いにつれていってくれた温泉宿は、それはまぁ豪華で、でも落ち着いた趣で、温泉も食事も大満足だった。
(本当に親孝行してもらったよ……)
ちょっとしんみりしたが、今は感傷に浸っている暇はない。
「大きいものから、やっつけてしまおう。まずはマットレスを中に運ぼうか」
「私にお任せください」
アルが両手を広げてマットレスを持ち上げた。さすがは騎士さんだ。
「じゃあ、クロエさんは食材を炊事場に運んでくれるかい?」
「……」
クロエは不承不承といった表情で野菜を腕に抱えた。
私も家の中に入り、アルに運び込んだ家具の配置を指示した。
物置小屋と言う話だったが、どうやら元は住居だったようだ。
一階には2つ、二階には3つ、それぞれ広々とした部屋があった。
「マットレスが足りませんな」
3つ目のマットレスを二階に運び終わったアルが言った。
「さしあたり、住むのは三人だからいいだろう」
「では、私は警護役ですから一階に、メイシー殿とクロエ殿には二階で過ごしていただきましょう」
アルは事も無げに、一度配置したマットレスを一階から二階に移動してくれた。
(重そうな鎧を着たまま、よくもそう軽々と動けるもんだ)
私は感心しながら、キビキビと動くアルを見つめた。
一通り部屋のセッティングが終わると、業務終了の合図とばかりにアルの腹の虫が鳴いた。
顔を赤くするアルに大笑いした後、私たちは一階の炊事場へと移動した。
テーブルに山と積まれた新鮮な野菜と大きな肉塊を前に、クロエが仏頂面をして座っていた。
「私、料理はしませんから」
(おやおや、あなたは私の世話係ではなかったのかい)
私がクロエをジッと見つめていると、微かに目が泳いだ。
ははーん、どうやらクロエは料理をしないのではなく、できないようだ。
「はいはい、そうですか。大丈夫です。私が作ります」
炊事場には、かまどと流し場が設えてある。
かまどの中は空っぽだ。
「薪もないし、そもそも種火がないねぇ」
火のないかまどじゃあ料理はできない。
「よかったら、私は少しだけ火の魔法が使えます」
アルが控えめに言った。
「おや、アルさんは『白』の使い手ではなかったかい?」
「あんた、二色使えるの?」
私とクロエが同時に言った。
「はぁ、お恥ずかしながら。
といっても火を起こす程度で、ほとんど使えないようなものです。
……だからあんなことになっちまったんだ」
最後の言葉は、耳をすませていないと聞こえないくらいの小ささだった。
(うん、これはあの触れちゃいけないところだな)
「そりゃあ助かるねぇ。
クロエさん、悪いけどちょいと森に行って、薪になりそうな乾いた小枝を集めてきてくれないかい?」
クロエは「いちいち私に指図するんじゃないわよ」とブツブツ言いながらも、サッと出ていった。
「次は水か……」
流しはあるが、さすがに蛇口は付いていない。
この近くに井戸でもあるんだろうか……?
「青の魔石がありますね」
アルが炊事場を覗くと、一角を指差した。
「なるほど!」
これなら肉や野菜が煮込める。
(よし、味噌はないけど、豚汁っぽくしてみるか!)
だが、そこで私は気づいた。
この大きな肉塊をどう切り分ける? 包丁がないじゃないか。
と、いいものが目に入った。
「アルさん、その腰の剣をちょっとみせてくれないかい」
「えっ? は、はい。どうぞ」
戸惑いながら差し出された重そうな剣に、私は手を乗せた。
「きれいになぁれ! ピカピカの剣に!!」
叫ぶと同時に、一瞬で刃のサビがきれいさっぱり洗い流され、ついでに剣を支えていたアルの鎧まで鏡のようにピカピカに輝いた。
もちろん、中のシャツもね。
「よし、これできれいになった。アルさん、その勢いで肉を一口大に刻んでくれないかい? ついでに野菜もね!」
「は、はいっ!」
私の魔法に目を丸くしたアルだったが、ピカピカになった大きな剣を嬉しそうに構えた。
――シュバババババッ!!!
目にもとまらぬすさまじい勢いで剣が縦横無尽に振り回され、肉塊と野菜があっという間に一口大にされていく。
(これは……人間スライサーか、中華屋のベテラン料理人か……)
その華麗で凄まじい剣さばきに、私は目を丸くしたのだった。




