味噌無しの豚汁
クロエが顔をぶすっとさせながら、集めてきた小枝をかまどに置き、アルが火をつけた。
ついでに私を持ち上げて、かまどに手が届くようにしてくれる。
おかげでサクサクと調理は進んだ。
味噌もないし、果たしてこの肉が『豚』なのかどうかもわからないけど、とりあえず『豚汁』ってことにしておこう。
私は、出来上がった豚汁をお椀にすくい、アルの目の前に置いた。
たちどころに感嘆の声が上がる。
「いい匂いですねぇ……」
そして、一口食べた瞬間、彼の目は飛び出んばかりに輝いた。
「うまい……!! なんだこれは。身体の奥に染み渡るようだ……!」
「食材がいいからうまいんだろう」
「いえ、これは、なんだろう……身体が温かくなって、疲れが吹き飛ぶような気がします」
確かに、目の下にベッタリ張り付いていたクマが、少し薄くなっている。
アルはあっという間に最初の一杯を平らげると、申し訳なさそうな顔で「お代わりはいただけますでしょうか」とお椀を差し出した。
「もちろんだよ。いい食べっぷりだ。嬉しいねぇ」
その一方、クロエは、「平民の作った料理なんて……」と手を付けようとしない。
しかし、お腹は正直なもので、グゥとかわいらしく鳴いた。
私は笑ってクロエにお椀を差し出した。
「意地張ってると、おいしいものも不味くなっちまうよ。
まずは温かいうちにお食べよ」
匂いに抗えなかったのか、クロエは渋々スプーンを口に運んだ。
――その瞬間、動きが止まった。
「おいしい……」
目が潤んでいる。
「良かった。作った甲斐があったよ」
意地っ張りなようで素直なクロエが何だかいじらしくなり、私はクロエのちょっとくすんだ緑色の髪を撫でた。
「な、何するのよ、勝手に触らないで……!」
クロエはハッと我に返ったように私の手を払うと、お椀を抱え込むようにして、ツンとそっぽを向いた。
けれど、その耳たぶはほんのりと赤くなっている。
(おや……?)
髪を撫でた手のひらに、衣服の『頑固なシミ』に触れたときのような、奇妙なザラつきを感じた。
目を凝らしてみると、クロエの頭の周りをうっすらと不気味な薄紫色のモヤモヤが取り巻いている。
その靄は、私が手を当てたほんの一部分だけが薄くなり、金色の粒が奥の方でキラッと光った。
クロエは自分の胸に手を当て、何か言い知れぬ違和感に襲われたように、小さく眉をしかめている。
「……不思議な料理ですね」
そんな私たちの様子を見守っていたアルが、しみじみとお椀を見つめて言った。
「肉や野菜を、こんなふうに一緒に食べるのは初めてです。
それに、肉は干からびるまで火を通すのが当たり前だと思っていました。
……これは一体どういう魔法なのですか?」
「魔法? そんなもん使ってないよ。これはね、ただ水で煮ただけさ」
「ただ煮込んだだけで、これほど肉が柔らかくなるのですか……!?」
アルがひっくり返ったような声をあげる。
そう、この豚汁には何の細工もしていない。
「さすが王宮の高級なお肉と新鮮な野菜だね。
じっくり煮込めば、肉の脂と野菜の甘みがぜんぶ水に溶け出して、これだけで十分おいしくなるんだよ。
まぁ、本当ならここに『味噌』か『醤油』を足して、本物の豚汁にしたいところだけどね」
「みそ……? しょうゆ……? とんじる……?」
アルとクロエは揃って首を捻った。
何かの呪文だと思ったのだろう。
「ふん、ただの水浸しの肉じゃない……」
クロエはブツブツと文句を言いながらも、スプーンを動かす手を止めず、あっという間にお椀を空にしていた。
「はい、お代わり。しっかりお食べ」
私が新しく汁をよそって差し出すと、クロエは今度は拒絶せず、黙ってそれを受け取った。
――――――――――
満腹になった私たちは、のんびり食後の水を飲んでいた。
さすがに生ゴミの中にはお茶がなかったのだ。
(ほうじ茶の一杯でもあれば満点だったんだけどねぇ)
私は、頭の中で香ばしいほうじ茶の香りを再生していた。
「しかし、こんなに素晴らしい食材を腐らせてしまうとは、王城の人たちは何て罰当たりなんだろうね」
「ばちあたり……?」
私に勧められ、鎧を脱いで寛いでいたアルが、首を傾げながら言った。
「毎日新しい食材が届くので、古いものは捨てられてしまうんです」
「偉大な王家の皆様が召し上がるものにケチをつける気?」
クロエが攻撃的に言い放つ。
「そんな、もったいない……」
私は呆れてため息をついた。
お父さんもお母さんも、自分の分を減らしてでも私にちゃんと食べさせようと、あんなに苦労していたのに。
胸がチクンと痛んだ。
――――――――――
すっかり日も暮れて、灯りのないボロ小屋の室内は暗くなってきた。
「暗くなると何もできなくなりますので、そろそろ休みませんか?」
大忙しの一日を過ごし、七歳の体力は限界だったらしい。
うつらうつらしていた私を、アルがひょいっと抱き上げた。
「ベッドまでお運びしますよ」
(警護というより、介護だね……)
アルがそっと私をベッドに寝かせてくれると、あっという間に私の意識は遠くなっていった。




