森の大掃除
私はベッドの上で目を覚ました。
あの魔法研究所の地下牢の冷たい床とは違い、ぐっすりと熟睡できた。
ググっと伸びをする。
「よし。今日は森をお掃除するか」
一階に降りると、すでにキッチリと鎧を身につけたアルが、丁寧に腰を折り曲げてあいさつしてきた。
「昨日いただいた『とんじる』のお陰か、とても身体の調子がいいです」
顔色が良くなっていた。目の下の隈もほとんどない。
「私の方が守られているようで……」と、アルは頭を掻いた。
「いいんだよ、いいんだよ。健康が第一だ」
そう返しながら、私はクロエの姿を探した。
「朝食用の食材をもらいに王城へ行きました」
「食材はまだまだたくさんあるのに……」
(よっぽど昨日の豚汁が気に入ったのかねぇ)
アルに今日は森を掃除するつもりであることを伝えると、
「ではクロエ殿が戻るまでに、我々も軽くお腹に入れておきますか」
と提案してくれた。
確かに、成長期である七歳の胃袋はすでにぺこぺこだ。
夕べの残りにさっと野菜を追加して、私たちは朝食を終えた。
――――――――――
「ねぇ、アルさん、この森は誰も管理してないのかい?」
私は不思議に思っていたことを尋ねた。
「ええ、以前はこの小屋に管理人家族が住んでいたそうですが……」
「管理人?」
「はい、今の国王陛下に代替わりしてすぐに解雇されたそうです」
「何かしでかしたのかい?」
「いいえ、王妃様のご指示だそうです……その、金の無駄だと……」
「何てこと」
この森が暗くジメジメとしている理由がわかった。
地面にお日さまが当たるよう木を間引いたり、雑草を刈ったり、お世話をしてあげないと、森は死んでしまう。
(お金には換えられない価値が、森にはあるのに……)
私は大きなため息をついた。
「せめてこの周りだけでも、きれいにしてあげたいね」
「お任せください!」
アルがニッコリと胸を叩く。
ボロ小屋の外に出ると、アルはピカピカと光る大剣をスラリと抜いた。
――シュバババババッ!!!
お日さまの光を完全に遮ってしまっている伸び放題の頑固な枝や、立ち枯れて腐りかけた大木を、豪快にかつ器用に切り落としていく。
(これはこれは。黒澤映画に出てくる三船敏郎のようだ)
私はその素晴らしい剣捌きに見惚れてしまった。
(いけない、いけない。私も頑張らなくては)
「アルさん、そこの切り株と、地面に溜まったドロドロの落ち葉は私に任せておくれ」
私は手のひらを地面にかざし、優しく唱える。
「木も草も土も、みんなみんな……きれいになぁれ!!」
金色の温かい光が、サアッと波のように地面を駆けていく。
何年も放置されて悪臭を放っていた腐葉土やドロドロの泥が、衣服の頑固なシミが抜けるように、一瞬できれいさっぱり消え去った。
ジメジメしていた地面は、ふかふかとした、お日さまの匂いがしそうな美しい黒土へと生まれ変わっていく。
アルが木を間引き、私が地面を整える。
その連携を繰り返すうちに、お昼前には、ボロ小屋の周りだけがまるでスポットライトで照らされているかのように、パッと明るく光が満ちる空間へと変貌を遂げていた。
――――――――――
小さな籠を抱えたクロエが戻ってきた。
「戻ってきたわよ……って、な、何よこれ……!?」
クロエは驚いた表情で呆然と立ち尽くした。
さっきまで薄暗く不気味だった森の一角が、今はさんさんと黄金色の木漏れ日が降り注ぐ、心地よい木立ちに変わっていたのだ。
「あら、おかえり、クロエさん」
私が声をかけると、クロエはガタガタと小刻みに震え始めた。
「こ、今度は何をしたの……? なんで、こんなに森が……」
彼女の様子がどこかおかしい。
(おや……あのモヤモヤ、ずいぶんと濃くなってないかい?)
昨晩、私が髪を撫でたとき、少し薄くなったはずのあのモヤモヤが、再びクロエの頭を二重三重に取り囲んでいるのだ。
けれど、森から立ち上った緑色の光の粒子が、私の手が残した金の粒に吸い込まれていったかと思うと、モヤモヤがちょっとだけ薄くなっていった。
「あ……、あたたかい……?」
クロエが自分の手のひらを見つめる。
その目にはジワジワと涙が浮かんでいた。
その様子をそっと見守りながら、私はクロエが持ってきた籠に目を向けた。
昨日たくさんもらったからか、中身は萎びた青物野菜と、干からびたパンが少しだけ。
「今日は控えめだねぇ。……おや?」
籠の底に、乾燥した大粒の豆が転がっている。
(これは……まさか)
その豆を手のひらに乗せて凝視した私は、思わず心の中で快哉を上げた。
(間違いない……これは、大豆だ!!)
私の様子を見たクロエが、涙を拭きながらぶっきらぼうに言った。
「干からびた雑穀豆なんか、調理のしようがないって料理人が押し付けてきたのよ」
「いや! これはお手柄だよ、クロエさん!」
思わず口元が緩む。
「よし! お掃除も一段落したことだし、このお豆を使って、『味噌』の仕込みを始めようかね!」
「『みそ』? 昨日おっしゃっていた……?」
アルが不思議そうに首を傾げ、クロエは「ふん、そんな固い豆で何ができるっていうのよ」と、いつものように鼻を鳴らした。
(フフン、見ておいで。二人ともほっぺたが落ちるくらいうまいものを作って見せるからね)
私もクロエに負けじと鼻を鳴らした。




