味な仕込み
籠を抱えて炊事場に戻った私は、底の方にあった小さな紙の包みに気がついた。
「クロエさん、これは何だい?」
私が尋ねると、クロエはハッとしたように顔を赤くしてそっぽを向いた。
「……ただの塩よ」
(おお、さすがに塩はあるんだね。まぁ、人間にとって欠かせない調味料だからね)
私は感心しつつもホッと安堵した。
「昨日、あんたの作ったスープ、全く味がしなかったじゃない。
いくらお肉が良くても、塩気のないスープなんておいしいわけないわ。
だから、料理人に言って分けてもらったのよ」
照れるクロエが微笑ましい。
ありがたく味噌作りに使わせてもらうとしよう。
私は手のひらいっぱいに大豆をすくい集めて唱えた。
「きれいになぁれ!」
金色の光が大豆に注がれる……。
炊事場にポワンと、お豆腐屋さんの前を通ったときのような、香ばしく甘い湯気が立ち上った。
皮が弾けんばかりにふっくらと茹であがった、完璧な親指大の大豆の完成だ。
「なっ……!? 豆が一瞬で大きくなった……!?」
「あ、あり得ないわ……。『黄緑』の成長魔法でもないのに、どうして……」
目を見開いて硬直する二人を尻目に、私は豆を皿に置き、「よしよし、良い塩梅だねぇ」と満足げに頷いた。
「さて、次はこれをすり潰さないと……」
すり鉢もまな板もない。
私の視線は、自然とアルの大剣へ向いた。
「アルさん、ちょっとその大剣の平らな部分を貸しておくれ。
お豆を潰すのにちょうど良さそうだ」
「ええっ!? 数々の魔物を退けてきたこの聖剣を、豆のすり潰しに……!?」
「何言ってるんだい、昨日あんなにきれいに洗ってあげたんだから、衛生面はバッチリさね。ほら、いくよ!」
「ああっ、女神様、申し訳ありません……!」
アルが涙目で天を仰ぐ。
おかげで熱々の大豆は面白いように簡単に、滑らかなペースト状になっていった。
すり潰した大豆に塩と水を少しだけ混ぜて、丸い団子を作り、樽に詰める。
「メイシー殿、これをこのまま置いておくのですか?
これではただの、塩辛い豆の泥では……」
アルが恐る恐る樽の中を覗き込んだ。
そう、本当なら麹が必要なんだよね……。
(この金色が何とかしてくれるといいけど……いっちょ試してみよう)
私は木樽の蓋にそっと両手を当て、呪文を唱えた。
「きれいになぁれっ! おいしいお味噌になれっ!!」
金色の光が木樽を包み込む。
すると次の瞬間、中から「パチパチ……ジワジワ……」と、不思議な音が響き始めた。
音が止むと、樽の隙間から、なんとも言えない、芳醇で香ばしく、どこか懐かしい匂いがフンワリと漂ってきた。
蓋を少しだけ開けてみると、そこには見事な琥珀色の液体がにじみ出ており、大豆のペーストは深い褐色へと変化していた。
「はは……理屈はわからないけど、『味噌もどき』と『醤油もどき』のできあがりさね!」
私は人差し指の先に、ちょんと琥珀色の液体をつけてペロリと舐めた。
「……うん、 ばっちり! 醤油と言っても差し支えないね!」
「な、何ですか、この濃厚な香りは……。
昨日いただいた『とんじる』も衝撃的でしたが、この匂いは、さらに奥深い……」
アルがごくりと喉を鳴らした。
「ふん、ただの雑穀のくせに、変な匂い……」
クロエは相変わらずツンとした態度を取っていたが、その鼻先はピクピクと、抗えない香ばしい匂いに完璧に引き寄せられていた。
彼女の頭上の薄紫色のモヤモヤは、先ほど森の光を浴びた効果と、この温かく豊かな香りに包まれたせいか、目に見えてさらに薄く、今にも消えそうに透き通ってきている。
私は素晴らしい「お宝」を手に入れた!
(レベルアップだぜぃ)
私はひ孫が遊んでいたテレビゲームの主人公になった気分で、ガッツポーズをした。
最強の調味料が手に入った今、私のお料理のバリエーションは無限に広がっていくはずさね。
「アルさん、クロエさん。
今日の晩御飯は、ひっくり返るほどおいしいものを作ってあげるから、楽しみにしていておくれ!」
小さな胸を張って高らかに宣言する私を見て、アルは満面の笑みで頷き、クロエは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに、ふっと口元を綻ばせているのだった。
今日の晩御飯は、二人のほっぺたを落として見せるさね……




