暴力的な焼き鳥
「塩と醤油があるときたら、肉じゃががいいかねぇ。あの青菜は煮浸しにして……
ああ、にがりがあれば豆腐を作って味噌田楽ができたのに」
あれこれと献立を考えていると、アルとクロエの二人ともが、険しい顔で私を見ていた。
(おや……二人とも、そんなに怖い顔をしてどうしたんだい?)
私が首を傾げると、アルが引きつった笑みを浮かべながら、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……メイシー殿。
『にくじゃが』とは? それに『にびたし』……一体何のことでしょうか?
私はそれなりに諸国を巡り、さまざまな料理を見てきましたが、そのような言葉は一度も耳にしたことがありません」
(しまった。つい口に出ちまった!)
「あはは、ただの私の思いつきさね! そう! 夢の中でね、女神様が教えてくれたんだ!」
私は子どもらしく、精一杯キャハハと無邪気に笑ってみせたが、二人の顔は不信感でいっぱいだった。
「……メイシー殿。私は少し……外の様子を見てまいります」
アルは妙に強張った顔でそう言い残し、外へ出て行ってしまった。
◇◇◇
傾きかけた日の光がうっすら差し込む森の奥、アルは切り株に腰を下ろし、相棒の聖剣を抱えて深く自戒していた。
(危うかった……。
俺は、あの子どもの『うまい料理』と『お掃除魔法』の心地よさに、すっかり毒されて油断していたのではないか?)
自分の任務は、あくまで「測定不能の危険分子」の警護であり、監視だ。
先ほど彼女が発した未知の言葉の数々、さらに恐るべき豊富な知識。
どう考えてもただの七歳児のそれではない。
もしや、我々を懐柔するために、かわいい子どもの姿を模した何か別の存在なのでは――。
(アルカイド・フォン・ベネトナシュとあろうものが、子どもに翻弄されてどうする! 任務を完璧に遂行するのみだ!)
アルはゴクリと唾を飲み込み、冷徹なまでに己の身を引き締めて、物置小屋へと戻っていった。
◇◇◇
出ていったアルを気にしながら、私はかまどで『肉じゃが』を煮込んでいた。
そしてもう一品、私がどうしても作りたくなってしまったアレ。
昼間、森をお掃除したときに集めておいた手頃な小枝をいくつか手元に用意する。
これを薄く細く削って『串』にしたいのだが、辺りを見回しても道具がない。
(さすがにあの大剣じゃ、細い串を削るような繊細な作業は無理だよねぇ。どうしようか……)
困って頬に手を当てていると、ちょうど森の奥から、アルが強張った表情で戻ってきた。
「ああ、アルさん、お帰り。何か小さい刃物はないかねぇ」
するとアルは、懐から小型のナイフをすっと取り出した。
「あるなら昨日出してくれればよかったのに……」
思わず突っ込むと、アルはきょとんとした顔で頭を掻いた。
「いえ、昨日は『大剣を出して』と言われましたので……」
(思った以上にクソ真面目な若者だねぇ)
私は苦笑いした。
借りたナイフで小枝を削って串を作り、そこに、小さく切ったお肉を隙間なく刺していく。
どう見ても鶏肉ではないが、この際、気にしない。
そう、私が作りたかったのは『焼き鳥』だった。
醤油もどきを使った特製タレを潜らせて、かまどの上へと差し出す。
「メイシー殿、それでは手も焦げてしまいます」
アルが心配そうに言う。
「へーき、へーき。長めの串だから、そんなに熱くもないよ」
裏、表とひっくり返しながら、一本ずつじっくりと炙っていく。
ジジジ……と肉の脂が炭に落ちて爆ぜる音。
そして何より、醤油のタレが焦げる、あのえも言われぬ香ばしい匂いがボロ小屋の中に爆発的に広がっていく。
ジッと監視するように見ていたアルの鼻腔も、完全に囚われたようだ。
「よし、アルさん。熱いうちに、この『やきとり』を試食しておくれ」
「……承知しました」
アルは「だまされるもんか」という表情で、事務的にそれを受け取り、口へと運んだ。
――その瞬間。
「なっ……、ん、んんんっ!?」
その目が、こぼれ落ちそうなほどカッと見開かれた。
炭火で外はカリッと、中はジューシーに焼かれたお肉。
そこに絡まる、香ばしく焦げた特製タレの暴力的なまでの旨味。
「焼いただけなのに、何というおいしさ……!!
メイシー殿、これは本当に魔法でなければ何なのですか!」
さっきまで私を疑いの目で見ていたアルが、潤んだ目で「味見をもう一本ください」と両手を合わせて拝んでいる。
その様子を冷ややかな目で見つめていたクロエが、部屋の隅からススス……と音もなく近寄ってきた。
その瞳は完全に据わっているが、鼻先はピクピクと、抗えない香ばしい匂いに完璧に引き寄せられている。
「私には味見させないつもり?」
不満げに尖らせた口元を見て、私は笑いを堪えながら、
「はいはい、クロエさんの分もあるよ。熱いから気をつけておくれ」
と、焼き立てを一本渡してあげた。
「ふん、ただの肉でしょ……」
クロエはぶつぶつと言いながら、焼き鳥を口に含んだ。
その瞬間、彼女の身体がピキッと硬直した。
おいしさに驚いたのだろう、目を丸くして、咀嚼するごとにその頬が嬉しそうに緩みかける。
けれど、彼女はすぐにハッとしたように表情を無理やり引き締め、私を冷たく張り詰めた目で見つめ直してきた。
口元についたタレを拭いもせず、私をじっと睨みつける。
タレをつけたままの顔で睨みつけられても、ちっとも怖くないんだけど。
クロエは何も言わず、ぷいっと顔を背けると二階の部屋に戻ってしまった。
(まるで反抗期の中学生だ……)
私はクロエの背を見送りながら、ぷぷっと口を押さえた。




