騎士の涙
日が落ちかける頃、私はクロエの部屋のドアをトントンと叩いた。
「クロエさん、ご飯ができたよ。食べないのかい? そろそろ暗くなっちゃうよ」
しばらく沈黙があった後、ガチャリとドアが開いた。
クロエはまだ仏頂面のままだったけれど、のそのそとテーブルに向かった。
(まったく、もう……)
反抗期そのまんまの顔と態度に、私は込み上げる笑いを必死に抑えながら、「さあ、おあがり」と出来立ての肉じゃがと、山盛りの焼き鳥を勧めた。
「……いただきます」
小さな声で呟き、クロエが肉じゃがの芋を口に運ぶ。
その瞬間、彼女の張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けるのがわかった。
ホクホクとした芋の温かさと甘辛い味が、頑なだった心をジワジワと溶かしているようだ。
時折、「だまされるものか」と言いたげな険しい顔つきになる。
その繰り返しだ。
驚いたことに、彼女がパクパクと頬張れば頬張るほどに、その頭の周りのモヤモヤが、だんだんと薄くなっていく。
(やっぱり、おいしいご飯には心をきれいにするパワーがあるんだねぇ)
クロエは「この汁につけるとおいしいじゃない……」と、ブツブツ言いながら、パンに肉じゃがのタレを染み込ませて食べている。
(かわいいところがあるじゃないか)
私はそんなクロエを微笑ましく見守っていた。
ちなみにアルはというと、「さあ、食べるぞ!」という意気込みを表すように、鎧を脱ぎ捨て、旺盛な食欲で肉じゃがの器を空にしていた。
――――――――――
おいしい夕食が終わり、すっかり夜も更けた。
灯りのない静かな小屋の中、アルは手のひらに小さな火を灯して、私の足元を照らしながら寝室まで誘導してくれた。
ふかふかのベッドに私が横になると、アルは火を灯したまま、少し気まずそうに視線を落とした。
「……メイシー殿。先ほどは、大変申し訳ありませんでした」
「おや、何のことだい?」
私がアルの顔を見上げると、アルは真面目な顔で、どこか自分を責めるように言った。
「夕方、森へ行く前のことです。
メイシー殿の素晴らしい魔法や知識、そしておいしい食事に触れるうち……私は、命じられた『警護役』という重大な任務を忘れ、ただ楽しんでしまっているように感じたのです。
一瞬でも貴女に不審な目を向け、不遜な態度をとってしまったことを、深くお詫びいたします」
私に向かって、深くお辞儀をするアル。
(本当に、どこまでも生真面目で行儀の良い騎士さんだねぇ)
「そんなこと、気にしないでもええよ。
アルさんには昨日からずいぶん助けられてるからね。心から感謝してるよ」
私が布団の中からそう微笑みかけると、アルはハッとしたように目を見開いた。
「アルさんは真面目だし、剣の腕も確かだ。
きっと騎士団では、誰もが憧れるような、優秀で立派な騎士さんだったんだろ?
それが、こんな隔離された場所で私みたいな変な子どもの警護役にされてさ……。
さぞかし悔しいだろうね。ごめんね」
私がそう語りかけると、アルの目がみるみるうちに潤んでいくのが光に透けて見えた。
彼は涙を見せたくなかったのか、手のひらの火を少しだけ小さく絞った。
そして、静まり返った部屋に、囁くような低い声を落とした。
「……立派だなんて、そんな人間では、決してありません。
私は、ベネトナシュの家名を汚した……騎士団の、ただの厄介者ですから……」
その声はあまりに寂しげで、切なかった。
私はその言葉が聞こえなかったかのように、すぅすぅと規則正しい寝息を立て、寝たふりをした。
衣服が擦れるかすかな音がした後、アルの気配が近づいてきた。
「お休みになられましたか。……私は、あなたの警護役を仰せつかったことを、いまは心から感謝しております」
小さな火も消して、アルは私を起こさないようにか、静かに部屋を出ていき、そっと、ドアを閉めた。
◇◇◇
騎士が、我が身を省みながら静かな涙を落としていた時――。
一つの人影が、こっそりと夜の闇へ抜け出していった。
それは、頭の靄を消しきれないクロエの姿だった。




