測定不能の金色魔法
胸の詰まる思いでパンを飲み下すと、昨日の男たちがやってきた。
ジメジメとカビ臭い階段を上り、昨日と同じ部屋へ押し出される。
そこにはもう水晶はなく、代わりに怪しげなコードが何本も伸びた、物々しい金属製のヘルメットが用意されていた。
それを頭に被せられ、昨日お父さんに激しい雷撃を放った黄色の使い手が、コードの端を持ち、呪文を唱え始める。
(頭に雷でも落とそうってのかい、この人でなしが!)
私は覚悟を決めてギュッと目を瞑ったが、何も起きなかった。
あの黄色の使い手は、どうやら発電機代わりだったらしい。
すると、もう一本のコードの先にある金属の箱が、ボン!と音を立て、薄い煙を吐いた。
「おい、測定器が壊れたぞ」
「なんという魔力量だ……」
「大以上かもしれないな」
続いて、私にいくつかの呪文を復唱させようとした。
「???」
文字を知らない私には、難しすぎてうまく言えなかった。
何度か練習して、ようやく一番短い呪文を言えるようになったが、何も起こらなかった。
「黄色に近いと思ったんだがなぁ。何も発動しないか」
黄色の魔法士が残念そうに頭を掻いた。
次は、私に向かって火の魔法を放ってきた。
「ひゃあぁ」
私は頭を抱えてしゃがみこんだ。
小さな火球が足元に落ちた。
「なんだ。結界も反射も発動しないじゃないか」
赤の魔法士が呆れたように呟いた。
何の突破口も見つけられない魔法士たちは、困った顔を寄せた。
「全くなんなんだ、こいつの魔法は!」
「このままじゃ所長に怒鳴られるぞ」
「下手したらお仕置き部屋行きだな……」
そして、諦めたような表情で尋ねてきた。
「お前は一体、何の魔法が使えるんだ!?」
「お掃除!」
間髪入れずに答えると、男たちは口をあんぐりと開けた。
「……それ、もっと早く言えよ」
「だって、誰も聞かなかったじゃん」
してやったりと心のうちで舌を出しながら、私は子どもらしく、あどけない笑みを浮かべてやった。
試しに、近くに転がっていた真っ黒なぞうきんを、金色の光でピカピカの新品同様にしてみせてやる。
男たちは「なんだ、ただの掃除魔法かよ。無駄に期待させて俺たちの貴重な時間を使わせやがって」と、ガックリ肩を落とした。
そこへ、部屋を外していたあのリーダー男が戻ってきた。
男たちの中から、一人が慌てて駆け寄る。
「ヴァーゴ所長、検証が終わりました。
……ですが、期待外れです。こいつの能力は、ただの『掃除』です」
こいつはどうやらここの所長だったらしい。
男の報告を聞いたヴァーゴとやらは、「掃除だぁ? ケッ」と忌々しそうに息を吐き、私を再び地下牢へ戻すよう命じた。
「この件はギルバート殿下にご報告して、ご判断を仰ぐ。
このクソガキは地下に閉じ込めておけ」
ギルバートさんがどこのどなたなのかは知らないけれど、どうやら私の命運はその人が握っているらしい。
(すぐに殺すつもりなら、こんな面倒な検査はしないだろうよ)
私はおとなしくお沙汰を待つことにした。
◇◇◇
広大な王宮の中心に聳え立つ王城。
その中央塔の高層階に、第一王子ギルバートの豪華な執務室はあった。
ヴァーゴは、メイシーの検証結果をギルバートに報告した。
「魔力量こそ測定不能ですが、能力はただの『掃除』のようです」
ギルバートは、長く伸びた紫の前髪を、ほっそりとした指にくるくると巻き付けた。
「ふん。あの銀色の小僧と同じく魔物退治に使えるかと思ったが……つまらん」
「申し訳ございません」
ギルバートは、謝罪するヴァーゴをジロリと見やった。
「『紫』の役に立つのが他の色の役目だろう。それもできんとは……」
この国では、『紫』と『青紫』は文句なしに貴族の色とされる。
また、他の色であっても魔力量が大であれば、なんとか貴族籍に留まることができる。
ギルバートの冷たい視線を上目遣いに見ながら、ヴァーゴは密かに感謝した。
(ああ、俺は魔力量が大でよかったよ……)
平民から魔力量大が出ることは絶対にない――という建前になっているが、では、測定不能の魔力量を持つメイシーの扱いをどうしたものか。
「『処分』いたしますか?」
「消すのは惜しい。
だが、万が一、何か別の能力が発動したら目障りだ」
ギルバートは指を止め、しばらく考えた。
ヴァーゴは息を呑んで次の言葉を待つ。
「私とて、父上が何もしないおかげで忙しい。
研究所の奥に、使っていない物置小屋があっただろう。
そこにでも放り込んでおけ」
「かしこまりました」
ギルバートは、ふと思いついたように付け加えた。
「ついでに『あいつ』をその小娘の警護係に任命して、張り付かせておけ」
ヴァーゴは頷いた。
「それと、世話係としてクロエをつけろ」
その言葉には驚いた。
(あいつならもっと役にたつ使い方があるだろうに、殿下はなぜ?)
不思議そうなヴァーゴの表情に、ギルバートは目を細めた。
「小娘だけじゃなく、『あいつ』も監視させておくのだ。
定期的に報告に来るよう言っておけ」
◇◇◇
翌日、私は研究所の裏、鬱蒼とした森の中に佇む、今にも傾きそうな小屋の前に連れてこられた。
手枷を外しながら、ヴァーゴが偉そうに胸をそらせて言った。
「第一王子であらせられるギルバート殿下の温情で、お前をここに住まわせてやることになった。
ありがたく思うんだな」
(ありがたくねぇ……)
目の前に佇む小屋は、前世で見たどんな汚屋敷よりも、見事にボロかった。
(こりゃあ見事な汚れっぷりだ。腕が鳴るねぇ……)




