カビ臭い魔法研究所
放り込まれるように乗せられた荷馬車の居心地は、お世辞にも良いとは言えなかった。
なにしろ、私の両脇に大柄な男たちがピッタリ座っているもんだから、窮屈で仕方ない。
向かいの座席にも、マントを羽織った男たちが肩を寄せ合って座っている。
リーダー格の男は、御者の横に大股を広げて鎮座している。
私は公園のベンチのように硬い座面の上で、お尻をモゾモゾと動かした。
「おい、おとなしくしていろ」
すぐに横から怒鳴り声が飛んできた。
一体どこに連れて行かれるのかはわからなかったが、不思議と恐怖よりも空腹のほうが勝っていた。
(せっかくのご馳走、食べたかったなぁ……)
お父さんが親方からもらったという包みからは、滅多にお目にかかれない、本物の肉の匂いがしていた。
初めて肉を口にしたのは、半年ほど前のお祭りの時だったっけ。
(あれが最初で最後の肉にならなきゃいいけど……)
食べ物のことを考えているうちに、ガタリと荷馬車が止まった。
どうやら目的地に着いたらしい。
荷物のように荷馬車から下ろされた瞬間、私はビックリ仰天して足を止めた。
天をつくほどに高い石の壁が、目の前に聳え立っていたのだ。
(ひゃあぁ。エライ高さだねぇ……)
「おい、クソガキ。ボケっとしてないでさっさとついてこい」
呆然と壁を見上げていると、リーダー男が鋭い声で命令してきた。
視線を戻し、おとなしく後をついていくと、頑丈そうな扉の左右に一人ずつ、重々しい鎧に身を包んだ兵士が立っていた。
「ご苦労様です!」
兵士たちはリーダー男に一礼すると、ギギギ……と二人掛かりで扉を開いた。
中に入ると、私は再び目を丸くした。
広大な森の中に、巨大な西洋風の城がそそり立っていたのだ。
しかも、その色はなんとも不気味な「紫色」。
童話に出てくる魔女の城に似ている。
(何だい、あの趣味の悪さは……センスのかけらもない)
毒々しい色合いの城を見ているだけで、なんだか気持ちが悪くなってくる。
「おい、こっちだ」
リーダー男がイライラしたように、私の背中を小突いた。
お城の方向ではなく、壁沿いに佇む石造りの建物に向かって、私たちはゾロゾロと列をなして進む。
やがて建物に着くと、紫マントの男たちが扉を開けた。
中は薄暗く、ヒンヤリとしている。
私は広い部屋に連れ込まれた。
『色彩の儀式』で使うのと同じ『水晶』が据え置かれている。
「おい、手を乗せろ」
リーダー男が顎で水晶を示す。
(何度も『おい』なんて呼ぶんじゃないよ。
私を『おい』と呼んでいいのは、前世で連れ添った夫くらいなもんさね)
カチンときた私はぶっきらぼうに言い返した。
「手が届きません」
リーダー男はチッと派手に舌打ちをすると、部下に向かい、苛立たしそうに指示を出した。
「何でもいいから、台を持ってこい」
すぐさま水晶の前に、ミカン箱サイズの台が置かれた。
私はちょっと勝ち誇った気分でその台に乗り、小さな両手を水晶の上に乗せた。
――その瞬間。
眩い『金色』の光が爆発し、部屋の隅々までを満たした。
「うわっ!?」
男たちが一斉に腕で目を覆う。
「おい、もういい! さっさと手を離せ!」
リーダー男がうわずった声で叫んだ。
私が手を離し、部屋が元の薄暗さに戻ると、私の周りを取り囲んでいた男たちが騒ぎ出した。
「くっそ、目がチカチカするぜ」
「こんな色、見たことも聞いたこともないぞ」
「確かに金色だな……。しかも相当な魔力量じゃないか?」
「いや、もっと正確に測定しなければ!」
「静かにしろ!……お前はそこから降りろ!」
リーダー男が私に向かって怒鳴った。
黙って台から降りる。
すると、リーダー男はどこに隠し持っていたのか、私の両手に冷たい鉄の手枷をガチャリとはめた。
「こいつを地下に閉じ込めておけ。どんな魔法を放つかわからん、用心しろよ」
「かしこまりました!」
こうして私は手枷をされたまま男たちに連行され、日も差さない暗い地下牢に放り込まれてしまったのだった。
――――――――――
……ガシャン!
鉄格子の閉まる音で目が覚めた。
朝になったのか、それとも夜が続いているのかもわからない。
『儀式』を終えてからの長い一日に、私はすっかり疲れてしまっていたらしい。
冷たい床の上にそのまま横たわり、眠っていたのだ。
目の前には、妙な色をしたパンがポツンと置かれていた。
どう見てもカビが生えている。
(これを食べろというのかい? 子どもにこんなものを食べさせるなんて、ひどい話じゃないか)
戦時中や戦後の混乱期は何だって食べたものだが、今の身体はまだデリケートな子どもだ。
このまま食べたのでは、一発でお腹を下してしまうだろう。
(このカビも、あの時のぞうきんみたいにきれいにならんかねぇ……)
手枷をはめたまま、指先で恐る恐るパンを持ち上げ、唱えてみる。
「パンよ、パンよ、きれいになぁれ!」
すると、手のひらがじんわりと温かくなり、キラキラとした金色の光が浮かんできた。
光がパンを包み込む。
……と、毒々しい色をしていたパンが、ふっくらとしたおいしそうなパンに変身したではないか。
(おやまぁ! パンまできれいにできるとは!)
もしかしたら、これは汚れを落とす「お掃除」の魔法なのかもしれない。
私は驚きつつも、ふかふかのパンを口にしてみた。
(うん、大丈夫。ちゃんとしたパンだ!)
おなかの空いていた私は、パンに思い切りかぶりついた。
もぐもぐと食べながら、両親のことを考える。
(あのお肉はちゃんと食べたかな……私のことを心配して何も喉に通ってないかも……)
子どもがちょっと迷子になったくらいでも、親は取り乱して心配するものだ。
(親不孝しちゃって申し訳ないねぇ……)
だが、この先何が起きるにしても、腹が減っては戦ができぬ。
私はパンをゆっくりと噛みしめた。
(さて――今日は一体、何をされることやら……)




