号泣とドン引き
目が覚めると、私の視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。
森の家の、私のベッドの上だ。
「……ん……」
小さく声を漏らして身動きをしようとした瞬間、右手にきゅっと痛みが走った。
誰かが私の手を壊れそうなほど強く握りしめている。
「アル……兄ちゃん?」
「メイシー……? 目が覚めたのか……?」
かすれた声で私の名を呼んだのは、アルだった。
凛々しく頼もしいその目が、真っ赤に腫れ上がっている。
「アル兄ちゃん……怪我は、もう痛くない……?」
私がそう尋ねるのと同時に、アルの目から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「馬鹿野郎! 自分のことよりも先に、俺の心配なんかするな……!」
アルは子どものように声を上げ、がっしりと抱きついてきた。
その大きな身体が小刻みに震えている。
どれほど心配してくれたのかが痛いほど伝わってきて、目の奥がツンとし始めた。
「メイシー! 気づいたのね?」
扉を勢いよく開けて飛び込んできたクロエが、アルごと私を抱きしめた。
「よかった……! 本当によかった……っ!」
「クロエ姉ちゃんも……緑の結界ありがと……助かったよ」
「兄さんたちを助けてくれてありがとう! でも無理し過ぎよ……っ!」
「……心配かけてごめんよ……」
私たちは抱き合ったまま、堰を切ったように声を上げて大泣きしてしまった。
血の繋がりなんて関係ない、私にとっての大切な、かけがえのない家族がここにいる。
その温もりだけで、疲れなんて吹き飛んでいくようだった。
ふと、部屋の入り口に気配を感じて涙を拭った。
そこには、一人の少年が呆然と立ち尽くしていた。
身体は相変わらず痩せ細ったままだったが、その瞳は何もかもを見透かすような銀色になっていた。
少年――シルバーは、抱き合って泣きじゃくる私たちを信じられないものを見るような目で見つめ、ぽつりと言った。
「お前たち……なんなん……?」
心底ドン引きしたような呟きに、私たちの涙が一瞬で引っ込んだ。
「シルバー! 起き上がって大丈夫なの?」
クロエが駆け寄り、ユラユラと不安定にふらつくその身体を支えた。
シルバーは「あ、ああ……」と曖昧に返事をする。
極度の栄養失調により体力や筋力が弱っているようだった。
私の魔法はきれいにするだけで、身体に肉をつけてやることはできない。
(栄養たっぷりの食事を作ってやらないとね。最初はお腹にやさしいものから……)
私は頭の中で献立を考え始めた。
クロエが、まだふらつくシルバーをアルの部屋で寝かせると、私たちはひとまず居間に移動した。
新たに置かれたソファやテーブルに、改めてアルが驚いている。
だが、そのソファには険しい顔をしたライが腕を組んで座っていた。
私の目が覚めるのを、ずっと待ってくれていたのだろう。
いつもの軽薄な雰囲気は一切なく、鋭い眼光が私に向けられる。
「お嬢ちゃん。あんたの魔法は、ただの『掃除』じゃないな?」
ライの声は低く、真剣そのものだった。
「ライさんの服も血まみれだね……きれいにしておこう」
私はライの言葉を遮るように、呪文を唱えた。
「ありがたいけどよ……俺に事情を教えてくれないか」
私とアル、クロエは一瞬、顔を見合わせた。
私たちは無言で頷き合うと、覚悟を決めて、私の魔法の本当の力――物だけでなく、人間の魔力回路に詰まった不純物や汚れまできれいに「お掃除」できる力であることを、包み隠さず伝えた。
すべてを聞き終えたライは、深いため息をつきながら頭を抱えた。
「そりゃヤバいぞ。
ヴァーゴ所長にバレたら……それどころか、ギルバート殿下の耳にでも入ってみろ。どうなるかわかったもんじゃない」
しかし、クロエがふっと不敵な笑みを浮かべ、自信たっぷりに胸を張った。
「ヴァーゴにさえ秘密にしておけばいいのよ。
ギルバート様は、私とヴァーゴの報告でしか、メイシーのことを知る機会はないわ」
ライは呆れたように肩をすくめ、張り詰めていた表情を少しだけ緩めた。
「はぁ……そうかい。
じゃあ、俺は今日、何も見てないし、何もやってはいないぞ。いいな?」
「かたじけない」
アルが真摯に頭を下げる。
ライは大きくため息をつき、頭を振った。
そして、気を取り直すように両手で膝を叩くと、いつもの調子でニヤリと笑う。
「――ま、堅苦しい話はここまでだ!
それよりさ、ビリビリ丸の威力はどうだった?
あのすさまじい閃光はあんたの仕業だろ?」
「驚いたよ。魔物が一掃された」
アルが素直に称賛すると、ライはドヤ顔でふんぞり返った。
「ふふん、どうだい! 俺様の魔道具の威力は……って、何? 待てよ?」
動きがピタリと止まった。
「おかしいな……魔物を一掃? そこまでのパワーはないはずだ」
ブツブツと考えるライ。
すると、アルは何かを思い至ったように、まだ首に下げていたお守り袋を取り出した。
「……ビリビリ丸を、ずっとこのお守り袋に入れていたんだが……」
アルはお守り袋をライに手渡した。
「ずっと首に下げてた割にはきれいだな」
ライは不思議そうに首を傾げる。
「そういえば、このタイもずっと白いままだったな。
鎧もシャツも汗と血にまみれていたのに……」
首元のアスコットタイにそっと手をやり、アルが呟く。
――と、何かに気づいたのか、弾かれたようにライを見つめた。
「ひょっとして、メイシーが作ったものにも、魔力がこもっているのかもしれない。
魔物と闘っている時、炎も結界も、いつもより威力が上がっている気がしていたんだ」
アルの推測を聞いた瞬間、ライの顔がさっき以上に真っ青になった。
「さらにヤバいな、そんなことが奴らに知れてみろ。
お嬢ちゃんは一生研究所に閉じ込められて、それこそ魔力が尽きるまでこき使われるぞ」
私たちの間に再び緊張が走る。
だけど、アルはグッと力強く私の肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ……何があっても、俺たちがメイシーを守る」
クロエも大きく頷いた。




