金色の祈り
クロエが家を飛び出して行った後、私はお守りを握りしめ、ずっと祈っていた。
かすかに遠雷が鳴った気がした。
耳を澄ませたが、もう何も聞こえてこなかった。
刻々と時が過ぎる……。
ふと胸騒ぎを覚えて扉を開けた。
森の中から、クロエがよろよろと近づいてくるのが見えた。
「クロエ姉ちゃん!」
私は駆け寄った。
「メイシー……お願い、助けてあげて」
クロエは肩で息をしながらその場に膝をつき、背中の少年を、まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に地面に降ろした。
「もしかして……これは……シルバー?」
研究所ですれ違ったときの印象とはまるで違う。
枯れ木かと思うほど、骨と皮ばかりになった少年がそこに横たわっている。
(なんと……痛ましい)
シルバーの顔は苦悶に歪んでいる。
いますぐ、魔力回路をお掃除してあげなくては!
そこに、「おーい」と聞き覚えのある声がした。
アルが、ライに肩を借りながら、よろよろと近づいてくる。
その姿が目に入るや否や、私はシルバーのことを一瞬忘れ、全力でアルの元に走った。
「アル兄ちゃん! お帰りなさい!
ずいぶんボロボロになって……なにこれ!!」
抱きついた私の左手が血にまみれた。
アルの身体には、血でぐっしょりと濡れた布が巻き付けられていた。
右の脇腹に、赤黒く染まった何かが当てられている。
クロエのポシェットだ!
そこから血がポタポタと滴り落ちている。
見ると、彼らの辿ってきた道には、おびただしい血の跡が続いていた。
「早く止血しないと……ヤバいぞ」
ライがアルの大きな身体をシルバーの横にそっと寝かせる。
(ああ、これは早くしないと、出血多量で……)
私はシルバーとアルを交互に見やった。
(どうしよう……)
どちらを先に「お掃除」したらいいんだ。
「メイシー……シルバーを……シルバーを先に助けて……やってくれ」
アルが、苦しそうに目を開け、私を見た。
「……俺はいいから……シルバー……『すき焼き』を食わせてやるって……約束……」
「アル兄ちゃん、ダメ! 目を閉じないで!」
アルは白い顔で微笑んでいる。
シルバーは顔を歪める力もなくなったのか、能面のように、無表情だ。
呼吸もかすかになっている。
(どうしよう……どうしたら……)
私はクロエ、ライを見やった。
二人とも泣きそうな、困惑した顔をしている。
(迷っている暇はない。やるしかないさね)
私は心を決め、右手でアルの、左手でシルバーの手を握った。
「メイシー?」
クロエが驚いた声を上げる。
「二人いっぺんにお掃除する!」
私は全身から魔力を放出した。金色の光がぱぁっと広がる。
「メイシー! 魔力が広がり過ぎる!」
クロエが金切り声を上げた。
一瞬の後、私たち三人を囲むように、地面からするすると無数の蔓が伸びてきた。
あっという間に、緑のドームが私たちを囲んだ。
「メイシー、結界になるかわからないけど、囲んでみたわ。
兄さんを……二人を助けてちょうだい!」
「ありがとう、クロエ姉ちゃん」
クロエが構築した結界の中に金色の魔力が満ちる。
「きれいになれ、きれいになれ、お願い、どうか二人を……」
私は何度も何度も、呪文を繰り返した。
(もう、私からお兄ちゃんを奪っていかないで……。
そして、この哀れな子に、どうか慈悲を……)
それはもう、呪文ではなく祈りだった。
熱い……今まで感じたことのない、焼き尽くされるような熱さが私の身を包む。
まるで、私自身がマグマになったようだ。
(ああ、これはアル兄ちゃんの魔力だ……)
彼が、私を温めるようにそっと送ってくれていた、いつもの優しい魔力とは違う。
禍々しいほどの暴力的な炎。
これは、きっと彼がこれまでの人生で感じてきた怒りと絶望なのだ。
今度は凍えるような寒さが私を襲った。
(これは……シルバーの……)
宇宙空間に投げ出されたような、絶対零度の世界。
シルバーが、いままで味わってきた世間の冷たさと、それに抗うことのできない無力感が、銀色の大津波となって押し寄せてくる。
(ああ……二人とも、どれほど辛い思いをしてきたのか……)
私は赤と銀の魔力を吸い取り、荒れ狂う炎が残した赤黒く焦げた煤と、津波が引いた後に残る銀の泥を洗い流す。
そして、自分の金色の魔力を送り込んでいった。
二人の身体が濃密な金色に輝く……
(ああ、神様仏様、女神様……
誰でもいい、どうか、どうか、この二人を助けて……
お願いだよ……!)
私はあらゆるものに祈りながら、自分の持てる魔力のすべてを二人に注ぎ込んだ。
「……メイシー……?」
アルの声に、ハッと我に返った。
アルが目を開け、起き上がろうとしていた。
右脇の傷は癒えるどころか、元の隆々とした筋肉に戻っている。
「アル兄ちゃん……よかった……」
私はアルに抱きつき、いつもの優しい体温を感じた……
と、そのままふっと意識を失った。




