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地獄からの帰還

クロエは走った。


森の中をぬけ、研究所を通り越し、城門を目指してひたすらに走った。


木々がクロエを邪魔しないよう、道を開ける。



しかし、息を切らしてたどり着いた城門は、固く閉ざされていた。


「……!」


クロエは即座に踵を返し、城門脇の詰め所に向かった。



詰め所の中はごった返していた。


クロエは人ごみを押し退け進み、門外への扉を開けようとした。



「よせっ! 外は地獄だぞッ! 死ぬつもりか!」


何人もの門兵がクロエを羽交い締めにし、行く手を阻んだ。



「手を離しなさい! 私はギルバート様の命で動いてるのよ!」


クロエは絶叫した。



一瞬、門兵たちが怯んだ。


その隙に門外へと躍り出る。



と同時に、眩しい光と、鼓膜が破れそうなほどの轟音、そして、凄まじい雷鳴が轟いた!


クロエは咄嗟に腕で目を覆い、その場にしゃがみこんだ。



――数秒後、光も音も雷もピタリと止んだ。




クロエは立ち上がった。


耳の奥でキーンという音が反響している。

頭がクラクラする。


それでも懸命に目を凝らした。


……と、土煙の向こうに、うっすらと白い半円が見えた。



「兄さん……!」



クロエは駆け出した。


それはアルの結界だと確信していた。



瓦礫に足を取られながら、クロエは懸命に走った。


近づくにつれ白い半円は薄くなり、たどり着いたときには、すっかり消え失せていた。



果たして、そこにアルが倒れていた。


腕の中には、痩せ細った銀色の髪の少年。



「兄さん! ……いやよ! しっかりして! 兄さん!」


クロエはアルに駆け寄り肩を抱くと、その頭を膝に乗せた。



「 ……お願い! 目を開けて!」


クロエの呼びかけに答えるように、アルの瞼が小刻みに動いた。



「……クロエ……か……」


「兄さん! 良かった……本当に良かった」


クロエはポシェットからハンカチを取り出すと、そっとアルの汚れた顔を拭いた。



「……あれはビリビリ丸?」


「そうだ……あれのおかげで、魔物はみんな……あの裂け目に戻って……いった」



アルは薄目を開け、腕の中を気づかわしく見やった。


「それより……シルバーを……」


「この子がシルバーなのね……なんて酷いありさまなの」


クロエは唇を噛みしめた。



「……メイシーは?」


「大丈夫、家にいるわ。兄さんの結界が守ってくれてる」


「そうか……良かった……」


アルはほっとしたように薄く微笑むと、再び目を閉じた。


まさに満身創痍だった。

鎧は激しく破損し、アンダーシャツは血濡れだ。


特に右脇はえぐり取られたように肉が失せ、じわじわと血が流れ続けている。



(止血しないと……)



クロエはアルの頭をそっと地面に降ろすと、すっくと立ち上がり、スカートの裾を思い切り引き裂いた。


そして、アルの傷口にハンカチとポシェットをあて、スカートできつく身体に固定した。



「兄さん。痛いと思うけど、頑張って……」


クロエはシルバーを背負うと、手を引いてアルを立ち上がらせた。


自分の肩をアルの左脇に滑り込ませて支え、腕を自分の首にかけさせる。


そして、足元の悪い中を城門に向かって歩き始めた。



「クロエ……お前……やっぱり力持ちだな……」


アルは血の気が失せて白くなった顔で、弱々しく笑った。



「冗談言ってる場合じゃないでしょ、兄さん!

目を開けて、しっかり歩いて! 寝ちゃダメよ!」


クロエは必死の形相で叫んだ。



いつものアルなら、クロエに負担をかけまいと気遣っていただろう。


だが、今や彼は全体重をクロエに支えてもらいながら、足を引きずって、一歩一歩ゆっくりと進むことしかできなかった。




どれほどの時間がかかったのか……クロエたちはようやく城門にたどり着いた。



魔物が消えたことを確認したのか、門が開いている。

そこには無数の騎士が横たわっていた。


誰も彼もボロボロだ。

血を流し、涙を流し、助けを求めている。



「誰かっ、早く治癒の魔法を、お願いっ!」


クロエがかすれた声をあげる。



「おいっ、大丈夫か!」


走り寄ってきたのはライだ。


「ライ、いたのね」


「いたのねって……ずいぶんな挨拶だな。

研究所の連中総出で治療に回ってんだよ」


ライは肩をすくめると、アルに目を留めた。


「……それは、アルカイドか……なんてこった」


ライは急いでクロエに代わり、今にも倒れそうなアルを支えた。



「ほら、研究所に行こう。お前さん最優先で治療させてやる」


「いや……俺より……シルバーを……」


「シルバー? 連れてきたのか!」


息も絶え絶えにアルが伝えると、ライは驚いたようにクロエの背中を見やった。



「いや、悪いが……そいつは連れていけんよ」


申し訳なさそうに首を振るライ。



「……なぜだ」


(また……また貴族優先といって、この子を見捨てるのか)



「シルバーだとバレたら、治療より先に騎士団に連れていかれるのがオチだ」


ライは苦しそうに顔を背けた。



「兄さん、メイシーなら、この子を助けられるはず」


クロエが静かに言った。



「私、この子を家に連れていくわ。ライ、あなたも後から兄さんを連れてきて!」



言うや否や、クロエはシルバーを背負ったまま、森の家に向かって全力で走り出した。

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