祈りと災厄
アルが旅立ってから、あっという間に三か月が経った。
残された私の毎日は目まぐるしく過ぎていった。
私はパート勤務を返上し、朝早くから日が暮れるまで、魔石に魔力を注入し続けていた。
貴族の依頼など知ったこっちゃない。
戦地から送られてくる大きな魔石を選び、アルやシルバーの助けになるよう、祈りを込めて懸命に注入作業を続けた。
時折、クロエも研究所に付いてきては、なにやら情報収集に励んでいるようだった。
クロエが疲れきった私をおぶって、一緒に帰宅する日も多かった。
そんなある日。
「ふぅ」
私はソファに腰掛け、アルとお揃いのお守り袋を見つめて、ため息をついた。
そう、クロエがうんうん言いながら、ソファを運んできてくれたのだ。
「おやまぁ、ずいぶんと豪華なソファじゃないか」
聞くと、あのギルバート王子の執務室にあったものだと言う。
「何でもワインを一滴こぼしたとかで」
それしきのことでもったいない。
バカ王子のお古という、若干のわだかまりはあるが、ソファに罪はない。
私はいつもよりかなり念入りにお掃除の魔法をかけ、徹底的に消毒してやった。
クロエはソファに合った高さのテーブルも調達してきてくれた。
快適な居間の出来上がりだ!
『我が家感』がグッと増した。
「こりゃあ、アル兄ちゃんが戻ってきたらビックリするね。クロエ姉ちゃんありがとう」
「ふふ。兄さんのビックリする顔が早く見たいわねぇ」
クロエも嬉しそうに笑った。
そしていま、クロエは居間のテーブルで私にお茶を淹れてくれている。
「来月はもう白の月だねぇ。私の八歳の誕生日が来るよ。
それまでにアル兄ちゃんが帰って来てくれると嬉しいなぁ」
ポツンと呟いた私の言葉に、
「そうだといいわね」
クロエは視線を落とした。
何かよくない情報でもあったのだろうか。
「ねぇ、クロエ姉ちゃん、なにか……」
問いただそうとしたその時だった。
ゴゴゴゴゴ……
不気味な地鳴りがしたかと思うと、足元が大きく揺れ、炊事場の壁に吊るしていたフライパンが落ちた。
「メイシー!!」
クロエは素早い動きでお茶を放り出し、テーブルを乗り越え、私に覆い被さった。
クロエの鼓動が大きく聞こえる。
(これは……もしかして……地震?)
この世界では地震など一度も経験がなかった。
しかし、揺れはすぐに収まり、代わりに防壁の向こうから、何かが爆発するような大きな音が聞こえてきた。
クロエが私を見つめる。
「メイシー。王宮の防壁は、どんな魔獣も魔物も通さないわ。
それにあなたにはアル兄さんの結界が付いてる。
私は様子を見てくるから、絶対にここを動かないで!」
言い放つや否や、クロエは脱兎のごとく外に飛び出していった。
安全とわかっていても、クロエは私を守ろうととっさに動いてくれたのだ。
(ありがとう、クロエ姉ちゃん)
身体の奥からは、アルが付与してくれた『結界魔法』が、まるで彼自身の体温のようにじんわりと私を包み込み、守ってくれているのがわかった。
(アル兄ちゃん……今、どこにいるんだい。どうか無事でいておくれ……)
私はお守り袋をギュッと握りしめ、祈った。
◇◇◇
――王宮全体を大きな揺れと音が襲ったその時。
王城中央塔の傍らにある側塔。
私室のバルコニーから、アネモネは身を乗り出して、防壁の向こうに立ち上る煙を見つめていた。
青紫の瞳は大きく見開かれている。
「あれが……災厄? まさかこんなに早く訪れるとは……」
アネモネの頬を幾筋もの涙が滴り落ちていった。
「私が……もっとちゃんと父上にお伝えできていれば……」
アネモネの後悔をよそに、煙は激しさを増していった。
◇◇◇
森の家の中で、私はただ一人、刻々と過ぎていく時にジリジリしていた。
クロエはなかなか帰ってこない。日はだんだんと傾いてきている。
今の私にできることはないが、
(いざとなったらこいつを使うよ)
私はお守り袋と、中の『ビリビリ丸』を握りしめ、アルとクロエ、そしてシルバーの無事をひたすらに祈り続けた……




