戦場の約束
アルとシルバーが少しずつ距離を縮めていたある日、突如として最悪の警報が鳴り響いた。
地響きと共に、世界の終焉を思わせるほど空間が大きく引き裂かれる。
なんと、この国の心臓部である王宮のすぐ目と鼻の先に、これまでにない最大級の巨大な裂け目が出現したのだ。
「全軍、王宮前へ転戦! 猶予はない、遅れる者は反逆とみなす!」
前線の全戦力に即時撤退、そして王宮への転戦命令が下り、アルも、そして魔力注入を終えたばかりで息も絶え絶えのシルバーも、休む間もなく最前線へと動員された。
――――――――――
王宮前広場は、血と土煙が舞い上がり、凄惨な戦場と化していた。
美しい石畳は砕け、兵士たちの悲鳴が響き渡る。
上空の裂け目から、次々と現れる巨大な上位魔物の群れ。
シルバーは無理やりその最前線へと突き出され、必死に手をかざして魔力を練り上げようとした。
「サッサと反射膜を展開しろ! 早くしろ、この役立たず!」
後ろから騎士たちの容赦のない罵声と蹴りが飛ぶ。
だが、シルバーの手の前に現れた透明な銀色の膜は、まるでシャボン玉のようにはかなく、今にも消えそうなほど薄いものだった。
(しまっ……! 反射が効かない!?)
アルは瞬時に事態を察知した。
王宮の連中が無理やり有効範囲を広げさせたせいで、シルバーの魔力回路は完全に限界を迎え、反射膜が機能しなくなっているのだ。
シルバーの目の前にいた巨大な魔物が、その獰猛な咆哮を上げながら、鋭い爪を振りかぶった。
「危ないっ!!」
アルは叫び、迷うことなくシルバーの前へと飛び出した。
『白の結界』を瞬時に展開!
さらに『赤の炎』を周囲に吹き荒れさせる。
自分の身を文字通りの盾にし少年を必死に庇いながら、押し寄せる魔物を狂ったように斬り伏せていく。
鎧の一部がはじけ飛んでいく。
懐にしまっていたさまざまなものが地面に投げ出される。
だが、首から下げた小さな袋は、アルを守るように胸元で揺れていた。
泥まみれになり、血を流しながらも、自分のために戦い続けるアルの背中を見上げ、シルバーは信じられないといった様子で、絶望の叫びを上げた。
「なんで……!? なんで俺なんか庇うんだよ!
もう死んでもいいって言ってるだろ!
放っておいてくれ!
俺なんかどうなったっていいんだ!!」
「バカヤロウ!!」
アルは剣を振るいながら、魂の底から怒鳴り返した。
これほど感情を剥き出しにし、激しい声を出すアルを、これまでの人生で誰も見たことがないだろう。
「生きることを諦めるな!
生きていれば、いつか絶対に、心から幸せだと思える日が来る!
……俺にはな、最高に温かくて、優しい家族がいるんだ!
妹のメイシーが作る料理はどれも絶品でな……
特に『すき焼き』っていう飯は、お前も絶対に気に入る!
うちに招待してやるから、生きて帰って、一緒にそれを食べよう!!」
「……すき、やき……?」
確かに“知っている”言葉が、シルバーの心に刺さった。
濁っていた鈍色の瞳が、大きく見開かれる。
一瞬、銀色の光が浮かぶ。
魂の奥底、固く閉ざされていた遠い記憶の蓋が、その一言によってかすかに開きかける。
「あ……」
シルバーは何かを思い出しそうに、小さく唇を震わせた。
だが――非情なる現実の時間は、それを待ってはくれなかった。
巨大な上位魔物が音もなく接近し、すべてを切り裂く肉厚で鋭い爪を、容赦なく振り下ろそうとしていたのだ。
「アル――!!」
シルバーは驚愕の表情を浮かべ、アルの名を叫んだ。
アルはシルバーを背に、右手に握った剣を構え直す。
そして、左手で胸のお守り袋を握りしめた――。




