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涙のお見送り

別れの朝。



出立の準備を終え、凛々しい騎士の正装を身に纏ったアルが、私の前に膝をついた。


「メイシー、最後に、これを……」


私の両手をそっと握り、静かに呪文を唱え始める。



次の瞬間、アルの身体から眩いばかりの『白』の魔力が溢れ出し、私の身体を優しく包み込んだ。



「……アル兄ちゃん、これは?」


「俺にできる最大限の『結界』だ。

家にかけるのではなく、メイシー、お前自身の身体に直接付与した。

これで、俺が傍にいなくても、自由に家の外へ行くことができる」


家に縛りつける結界ではなく、私を自由にするための結界。


「メイシーが魔力回路を治してくれたからな……攻撃魔法も多少は防ぐことができるはずだ」


アルが私のために施してくれた、命がけの愛の防壁だった。



「ありがとう、アル兄ちゃん。

ね、これを持って行ってくれない?」


私は小さな袋を渡した。



アルのように真っ白で、温かく、柔らかな手触りの素朴な木綿で作った小さな袋。


クロエが慣れない手つきで『アルカイド』と赤い糸で刺繍を施してくれた。



「これは……?」


「お守り。中を見てみて」


「『おまもり』?」



アルは不思議そうに紐を解き、中に入っている小さな紙を取り出した。


日本語でいうところの『無事息災』という意味の言葉を、私とクロエが思いを込めて書いたカードだ。


アルはその文字を愛おしそうに指の腹でそっと撫でた後、大事そうにお守り袋に戻し、懐に入れた。



「このお守り袋は私とクロエ姉ちゃんもお揃いで持ってるの。

私たちはいつも一緒ってことだよ……」


「そうか……ありがとう。大事にするよ。

必ず、必ず、帰ってくるから」



アルは目を赤くしながらも、どこまでも優しい、いつもの微笑みを向けてくれた。



「戻ってきたら、お母さんが買ってきてくれた大きな鍋で、おいしい『すき焼き』を作ってあげるからね」


「ああ――家族みんなで『すき焼き』を食べよう。

それを楽しみに、俺は闘ってくる」


「もし戦地でシルバーに会ったら、うちに連れてきてあげて。一緒に食べよう」


「ぜひそうしよう」



そんなやり取りをクロエが微笑みながら見守っている――もうわずかしか残されていない私たち家族の時間。



この一瞬で、時間が止まればいいのに……と願っていると、慌ただしい足音が近づいてきた。



「よかった! 間に合ったか!」


息を切らせながら勢いよく扉を開けて入ってきたのは、なんとライだった。



ライは手に持った袋から、私の小さな手のひらにもすっぽり収まりそうな小さな楕円形の物体を三つ取り出した。

表面に薄い黄色の円が描かれている。



(もしかして……スタンガンができたのかい?)



「そのボタンを押すとな、不愉快そのもののでっかい音と、目の眩むような光、そんでもって、俺の得意な雷撃が炸裂するぜ」


ライは、ニヤリと笑いながら、私とクロエに一つずつ手渡した。


「間違って押したらまずいからよ、ガッツリ押さないと起動しないようにしてあるからな。

あ、今押すなよ、絶対に押すなよ。実験はしてあるから信頼しろ!」



ライはにぎやかにまくしたてると、アルの手にも一つ乗せ、その耳元でこっそりささやいた。


「魔物にどんだけ効果があるかわからないが――お前さんのは『最大』出力にしといたぜ」


私にもクロエにも、ダダ聞こえだったけどね。



「ありがとう。貴殿の気持ち、しかと受け取った」


「ライさん、ありがとう。

……そうだね、丸いし、雷撃が出るんだもん、これを『ビリビリ丸』って呼ぶのはどうかな!」


「なんだよ、そのまんまじゃねーか」


私の名付けに、ライは照れくさそうに笑った。


「俺の作った魔道具に名前を付けたのは、お嬢ちゃんが初めてだよ」



私はふと思いついた。


「アル兄ちゃん。その『ビリビリ丸』、さっきのお守り袋に入りそうな大きさだね」


「ああ、そうだな」


アルは懐からお守り袋を取り出し、『ビリビリ丸』を入れた。



「うん! いいこと思いついた! ちょっとだけ待ってて!」



私は慌てて二階に駆け上がると、自分の部屋から長い紐を持ってきた。


細く裂いた絹を、しっかりと三つ編みにしたものだ。


それをお守り袋に結び付け、首にかけられる長さに調節する。



「これなら『肌身離さず』持っていられるよ」


私はアルに腰を下ろしてもらい、そっとその首にかけた。


鎧の下にはあの純白のアスコットタイが、きっちりと締められている。



(アル兄ちゃんってば、戦地に行くってのに、こんなおしゃれしてどうするんだい……)



涙がじわっと浮かんできたけど、笑顔で送り出したいから、ぐっと堪える。



アルは懐に手を入れ、目を閉じながら、お守りをそっと握りしめていた。


そして、立ち上がると、私たちに敬礼をした。



「クロエ、それにライオネル殿。メイシーを、どうか、どうかよろしく頼みます」


「任せて。メイシーとこの家は、私が絶対守ってみせるわ……どうか、無事で」


「ふん、保証はできないから、サッサと帰って来いよ」


「アル兄ちゃん……気を付けて、ケガしないようにね……」



みんなの言葉を背に受け、アルは白いマントを翻し、一人きり戦地へと旅立っていった。

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