温かな緑茶
森の家の裏手にある小さな空き地。
私とクロエは並んでしゃがみ込んでいた。
「家からあまり離れると、アルの結界に引っかかっちゃうからねー」
クロエはことさら楽しげな声を上げて、私にウインクしてみせた。
「さぁ、見ててね」
クロエが地面に向かって両手を広げた。
「まずは緑魔法で土を柔らかくするわよ。さ、出ておいで!」
クロエの号令が響いた瞬間、地面の土が生き物のようにモゾモゾと動き出し、ニョキニョキと元気な植物の蔓が顔を出した。
「ここを耕してくれる?」
蔓たちはせっせと土を動かし、地面がふかふかになった。
クロエが「ありがとう。もういいわよ」と優しく声をかけると、蔓たちは、満足したようにすっと土の中へ戻っていった。
楽しそうに蔓を操る彼女の姿を見ていて、私はふと気になった疑問をぶつけてみた。
「クロエの魔法は、呪文じゃないんだね」
「そう、緑や黄緑は自然と調和する魔法だからね。
魔法で無理やり動かすっていうより、自然にお願いして力を貸してもらうって感じかな」
なるほど、自然にお願いする魔法。
だからクロエの周りは、いつもこんなに優しくて穏やかな空気が流れているんだねぇ。
「さて、メイシーは何を育てたい?」
クロエに尋ねられて、私はずっと胸に温めていた希望を口にした。
「茶の木!」
実は、王城からもらってくる生ゴミの中から『紅茶の出がらし』は見つけていた。
となれば『茶の木』は存在する。
『茶の木』があれば緑茶が作れるはずだ。
日本人としては、やっぱり食後や一息ついた時の温かいお茶が、恋しくて仕方ないのさ。
「紅茶の元になる葉っぱが取れる木だよ」
「紅茶ねぇ……悪いけどわからないわ。どんな見た目なのかしら?」
首を傾げるクロエに、私は昔見た美しい茶畑を一生懸命に思い出しながら、手振り身振りを交えて説明した。
私の拙い説明を聞いて、クロエはさらにうーんと首を傾げる。
と、そのまま遮るもののない静かな森に向かって、声を張り上げた。
「誰か知ってる――?」
……シーン。
しばらくの間、森は何の音も立てず、静まり返っていた。
やっぱり、言葉だけじゃうまく伝わらなかったかねぇ、と思ったその時――
カサカサと草木を分けて、一本の蔓がするすると伸びてきた。
その先っぽには、私の言った特徴によく似た、青々とした葉のついた一本の枝が握られていた。
「これ?」
蔓が差し出してきた枝を見て、私は目を細めた。
「似てるような気はするけど……」
何分、昔の記憶だから確かな自信は持てない。
「とりあえず育ててみましょうか!」
クロエはその枝を受け取ると、先ほど蔓たちが耕してくれたフカフカの地面にスッと刺した。
「ぐんぐん育て!」
クロエが地面に黄緑色の魔力を注ぐと、刺したばかりの枝が、みるみるうちに青葉を茂らせ、立派な茶の木へと成長していった。
こりゃあ、びっくりだ。
先っぽの黄緑が眩しい新芽を、私とクロエは競うように摘んでまわった。
(さあ、ここから「お茶作り」の本番さね!)
摘みたての瑞々しい茶葉をテーブルに広げ、私たちは作戦会議を始めた。
「メイシー、これをどうするの?」
「まずは、葉っぱを蒸すところからだね!」
「了解!」
蒸した葉っぱを二人でしっかり揉み上げる。
クロエがふわりと手をかざし、緑の風魔法でしっかり乾燥させる。
そして……
「できた……! 凄い、本当にお茶っぱができた!」
深緑色の美しい茶葉を手のひらにのせ、私は猛烈に感動していた。
(ああ、この匂い……堪らないねぇ。やっぱり私は日本人だ……)
私は真っ白な綿の布を木製の大きなカップにゆるりと被せ、出来立ての茶葉を少しだけ乗せた。
少し休ませたお湯をそっとかけていく……。
じゅわあ、と心地よい音を立てて、綿布がきれいな薄緑色に染まっていく。
「わあ……きれい……」
「ふふっ、クロエの髪色と同じだね。自然そのものさね」
ふくよかな緑茶の香りがふんわり湧いてくる。
布を静かに引き上げると、カップの中には、透き通ったきれいな緑色のお茶が残された。
二人でゆっくりとできたてのお茶を味わう。
「わぁーっ……おいしい……」
「はぁー……、落ち着くねぇ……」
淹れたての温かい緑茶からは、香ばしくも清々しい、最高の香りと、心を豊かにする味わいが広がる。
自分たちの手で土を耕し、試行錯誤して作ったものを、こうして二人で分かち合う。
これ以上の幸せなんてないんじゃないかねぇ、なんて、私が心から満たされた気持ちになっていた、その時。
――扉が静かに開いた。
「ただいま……」
入ってきたアルの声は、いつもよりずっと低く、かすれている。
彼は憔悴しきった顔で、そこに立ち尽くしていた。




