針仕事の夜
真っ暗な森の中。
だが、私たちの家には、ランプの温かい光が広がっていた。
「さぁて、夜なべ仕事といこうか」
私は一階のテーブルに広げた布を、リズミカルに裁ち始めた。
クロエが持って来た布の山には、高級ドレスの端切れがたくさん紛れていた。
美しい刺繍が施され、きらきらと輝く布。繊細なレース。
これを組み合わせたら、絶対にかわいくなるはずだ。
裁断が終わり、縫い上げの工程に進む。
よし、まずは針に糸を……と思ったその時、私は思わずテーブルの上やポケットのあたりをガサゴソと探してしまった。
(老眼鏡はどこかね……
なんて、あはは、苦笑しちまうよ。今の私はピチピチの七歳だったさね)
前世の癖に一人で苦笑いしながら、針と糸を掲げた。
ランプの薄暗い光の中でも、小さな針の穴へ糸がスルスルと通っていく。
(いやぁ、若いってのは本当にいいねぇ!)
老眼に悩まされていた前世を思い出し、私は何だか無性に嬉しくなった。
「それは何になるの?」
クロエが興味深そうに私の手元を覗き込む。
「これはね、クロエ用のポシェットさ」
「ぽしぇ…?」
自分用と聞いたからか、スルースキルを発揮せず、クロエが尋ねる。
「肩から斜めに掛ける小さな鞄さ」
「えー! そんなの誰も持ってないし、聞いたことない! 楽しみだわ!」
クロエは飛び上がらんばかりに喜ぶ。
(ずいぶんかわいらしい女の子に戻ったもんだ)
ウキウキした笑顔を浮かべるクロエを微笑ましく眺めながら、私は思った。
(これはいっちょ、実用的かつ華やかでかわいいポシェットを作ってやろう)
針を進める手に力がこもった。
クロエが二階の自室に戻った後も、私を静かに見守ってくれていたアルがあくびを噛み殺した。
「そろそろ休んだ方がいいのでは?」
「悪いね、キリのいいところまでやっちゃいたいんだ。アルは先に寝ていいよ」
「じゃあ、お先に。あまり遅くならないように。朝、起きれなくなるからね」
アルは私の頭を優しくポンと撫で、自室に入っていった。
その大きく温かな手は、遠い昔の子ども時代を思い出させた。
――私は六人兄弟の末っ子として生まれた。
一番上の兄は一回りも年の離れた私を、ことのほか、かわいがってくれた。
私も「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とくっついて回っていた。
兄は飽きもせず私の相手をし、私が遊び疲れると背におぶってくれた。
広くて温かい背中はリズミカルに揺れ、私はいつもうとうとしてしまうのだった。
肩に頭を乗せて眺めた、鮮やかな夕焼け。
懐かしい思い出にふけりながら、私は針を動かした。
静かな時間が過ぎていく。
始めると完成させるまで放置できない性分は、昔も今も変わらないらしい。
大あくびをしながら、一心に針を進めていき、クロエのポシェットが完成した。
(よし! いい出来じゃないか)
クロエの喜ぶ姿が目に浮かぶ。
(さぁて、次はアルの番さね。何がいいかな)
私は布の山を眺め、しばし考えた。……眠気が襲って来た。
(おっといけない。さすが、七歳児に夜更かしは堪えるねぇ)
私は前世の癖で眉間をモミモミした。そして、ピンと閃いた。
(そうだ。シンプルなアスコットタイはどうだろう?
あの無骨な鎧の下に巻いたら、男前がぐんと上がるに違いない……)
手を動かしている間は無心になれる。
だが、ふとした瞬間に『シルバー』のことが思い浮かぶ。
(待ってておくれ。このばあさんが、きっと何とかするから)
ランプの灯りに照らされながら、私は新たな家族とシルバーのことを思いながら、夜が明けるまで作業に没頭した。
――――――――――
翌朝。
テーブルの上には、華やかなポシェットと、上質な白いリネンで仕立てたアスコットタイが並んでいた。
「ふぁあ……」
私は大あくびをしながら、目をこすっていた。
起きてきたクロエがテーブルの上を見て、驚いたように声を上げた。
「メイシー、これ……! もしかして、一晩中起きていたの!?」
「へへ、すぐにでも渡したくて、手が止まらなかったんだよ。
今日は仕事も休みだから、後でちょっと昼寝でもするさね」
私はそう言って、クロエにはポシェットを、アルには白いアスコットタイを手渡した。
「わあ、かわいい……! ありがとう、メイシー、大切に使うわ!」
ポシェットを胸に抱きしめて大喜びするクロエの横で、アルは手渡された滑らかな白い布を見つめ、深く感動したように目を細めていた。
「私にまで……ありがとうございます。
いや、ありがとう、メイシー。大切にするよ」
呼び捨てにするのにまだ少し耳を赤くしながらも、アルの端正な顔に優しい笑みが浮かぶ。
(ふふ。頑張った甲斐があったねぇ)
久々に味わう達成感と充実感に、私は大満足だった。
ほんわかとした空気の中、アルがふと表情を引き締め、私たちを見つめた。
「……メイシー、クロエ。
王城にちょっと呼ばれているから、出かけてくるよ」
「えっ、呼び出し?」
「ああ、昨日城門の騎士から伝言があって」
せっかくの休みなのに、と私は眉をひそめた。
アルは「すぐに戻ってくるよ」と微笑み、いつもより念入りに鎧と剣を改めて、家を出て行った。
その背中を見送りながら、私はなぜか、なんともいえない嫌な予感を覚えたのだった。




