怯える青紫の瞳
ライの部屋を出た私とアルは、鉛を飲まされたような重く暗い沈黙を抱えたまま、家路についた。
シルバーを取り巻く、あまりにも残酷な現実。
それに、魔力注入機の改造が完了するまで、そう長い時間はかからないだろう……。
世界の歪みの深さに、私たちの足取りは自然と重くなってしまったのだ。
――――――――――
我が家に戻ると、クロエが待っていた。
「おかえりなさい! メイシー、頼まれてたもの、ばっちり持ってきたわよ!」
クロエは弾んだ声で、テーブルに山積みの古い布地や、ハサミ、針と糸を指し示した。
事情を知らないクロエの無邪気な明るさに、私は無理に笑顔を作ろうとした。
だけど……シルバーの鈍色の瞳が脳裏から離れない。
思わず目頭が熱くなり、涙がポロポロと溢れて止まらなくなった。
「えっ、何、何、どうしたの!? 何か嫌なことでもされたの?」
慌てて駆け寄ってくるクロエに、アルが沈痛な面持ちで、ライから聞いた銀色の少年の真実を静かに伝えた。
椅子に縛り付けられ、異色の魔力を流し込まれる悲鳴。
すり減っていく魔力回路のことを。
「そんなの、あんまりだわ……」
あまりの残酷な仕打ちに、クロエはショックのあまり手で口を覆い、言葉を失ってしまった。
私は袖で乱暴に涙を拭うと、二人の手をぎゅっと握りしめた。
「今すぐあの子を力尽くで救い出すことは、今の私たちにはできない。
だけど……必ず救い出して、この世界の諸悪の根源も、残さずきれいさっぱり大掃除してやるさね!」
私の決意の言葉に、アルもクロエも力強く頷いた。
とはいえ、強大な王宮を相手に、具体的にどう動いたらいいものか。
すぐに名案が浮かぶわけでもない。
(三人寄れば文殊の知恵どころか、1ミリの知恵も浮かばない……)
私はパンパンと両頬を叩いて、気を取り直した。
「――よし! 悩んでいても仕方ないさね! 今できることをやるだけだ!」
考えても頭が痛くなるだけだし、沈んでたって妙案は出てこない。
私はクロエが運んできた、山積みの物品の検分を始めた。
王城のお針子さんたちが「捨てるだけだから」と快くくれた布は、破れていたり、シミだらけだったり、脂汚れでベタついた王宮の廃棄物。
だけど、清掃歴ウン十年の私の目に狂いはない。
「これは綿、こっちは麻、おや、これは極上の絹じゃないか。
これだけあれば十二分だよ。
よし、まずはきれいにしないとね」
私は呪文を唱えた。
キラキラした金色の波が布の山を包み、みるみるうちにシミも汚れも消え去り、新品同様に生まれ変わる。
「さぁて、何をこしらえようか」
私は布を広げ、アイデアを練り始めた。
◇◇◇
王城の謁見室。
不気味なほどに静まり返ったその中で、あの青紫の瞳を持つ少女が、国王の前に跪いていた。
少女の名はアネモネ。この国の第一王女である。
父とその横に冷然と控える王妃に、自分がたびたび垣間見ている予知夢の内容を伝える。
「父上……災厄が、近づいております……」
だが、王妃はその言葉を一笑に付した。
「いつ? どこに?
そんな中途半端な内容で、よくも予知などと……」
国王も気のない様子で頷く。
「確かにこのところ魔物が増えているようだが、街が発展して、魔力が一か所に集まっているからだろう。魔物は人の魔力に引き寄せられるというからな。
だが、王妃の言う通りだ。次はもっと具体的な話を持ってくるが良い」
国王はたいして話も聞かずに、アネモネを下がらせた。
肩を落としたアネモネが去り、謁見室の重い扉が閉まった後、国王が関心もなさそうな声で呟いた。
「どうもあれは、まだちゃんとした予知ができないようだ。
父上が存命であれば、きちんと指導してくれたのだろうが……」
それを自分に話しかけたものと勘違いした王妃がこう返す。
「先王だって、完璧ではありませんでしたよ」
不機嫌そうな王妃に、国王はふっと鼻で笑って皮肉をぶつけた。
「そうだな。お前の産んだ子が、平民みたいな橙色を出すとは予知していなかったしな」
その言葉を聞いた瞬間、王妃は顔をカッと赤らめ、ヒステリックに叫んだ。
「ワタクシを愚弄するおつもりですか!」
「本当に私の子なのか? まさか……」
王妃は手にしていた扇をバシャッと激しく閉じると、あろうことか国王に向けて投げつけた。
「そんな恥知らずをワタクシがすると!? あれは正真正銘、あなたのお子です!」
王妃は肩を怒らせ、カツカツと激しい足音を立てて謁見室を出て行ってしまった。
残された国王は、落ちた扇を見下ろして小さく息を吐いた。
「つまらんことを言ってしまったな」
国王もまた、ゆるゆると立ち上がってその場を後にした。
――――――――――
自室に戻ったアネモネは、ベッドに突っ伏し、身を震わせていた。
王宮を満たす不穏な空気。
そして、頭から離れない嫌な予感は、時間が経つごとにどんどん膨んでくる。
父・国王のあからさまな無関心により、やがて訪れるであろう未来の災厄。
不安に押しつぶされそうになりながら、アネモネはポツリと、寂しげに呟いた。
「レオナールお兄様なら……この気持ち、わかってくださるかしら……」
それは、彼女が物心つく前に王城から姿を消した兄の名であった。




