黄色魔法士の謝罪
初めての外出日の翌日。
私が目を覚まして一階に降りると、すでにクロエが待っていた。
「おはよう、メイシー」
振り返ったクロエの顔は、驚くほど晴れやかで美しかった。
アルも自室から出てきた。
「クロエ殿。呼び捨てするとは、メイシー殿に対して、いくらなんでも少し馴れ馴れしすぎるのではありませんか?」
生真面目な顔で注意を入れるアルに、私はニヤリと笑って割って入った。
「いいじゃないか!
昨日みんなでおいしいお鍋を囲んだ時から、私たちはもう大事な家族さね。
他人行儀な敬語も、お堅い『殿』も、今日限りで全部なし!
これからは気楽にいこうじゃないか!」
高らかに宣言する私に、クロエがクスッと笑みを漏らす。
「そうくると思ったわ、メイシー。アルもいいわね?」
「あ、あぁ……。じゃ、じゃあ……メ、メイシー……?」
真面目なアルは、女の子を呼び捨てにするのがどうにも気恥ずかしいのか、耳まで真っ赤にしながら恐る恐る私の名前を呼んだ。
「なんだい、アル!」
私が嬉しそうに返すと、アルもようやく緊張が解けたように破顔し、私たちの小さな家に温かい笑い声が満ち渡った。
そう、ここはもうボロ小屋なんかじゃない。
私と、アルと、クロエの……大事な『我が家』なんだ。
――――――――――
朝食を済ませると、クロエはいつものように王城へ向かう準備を始めた。
「メイシー、何か欲しいものはある?」
「うーん、そうだねぇ。何か簡単な物を作りたいから、古いシーツや布の端切れがあったら、いくつか拾ってきておくれ」
「了解、探してみるわ。他には?」
「針と糸、それに布を切りたいから、ちょっと大きめのハサミがあると助かるよ」
「じゃあ、王城のお針子さんたちに頼んでみるわ」
「よろしく頼むよ。気をつけてね」
「はーい、行ってきまーす!」
軽やかな足取りで家を出ていくクロエを見送ってから、アルが私に笑いかけた。
「じゃあ、メイシー。我々も出発しますか」
「そうだね、アル」
私とアルは、お互いに「アル」「メイシー」と呼び合うのがまだ少し照れくさいまま、仲良く連れ立って出勤したのだった。
――――――――――
そんな平穏な日々が続いていたある日。
作業を終え廊下を歩いていると、一人の魔法士に呼び止められた。
「よう、お疲れさん」
その顔に見覚えがあった。
お父さんに電撃を喰らわせた、あの黄色の使い手だった。
「何の用だい」
思わず睨みつける。
「そう睨まないでくれよ、あの時は悪かった。堪忍しろよ」
誰もいない廊下の左右を気にしながら、魔法士は頭を下げてきた。
「お父さんはすっごく痛がってた。そう簡単に許せるもんか」
私は構わず睨み続けた。
「何の用だ」
アルが魔法士にズイっと近寄り、騎士の威厳を込めて見下ろした。
「おいおい、勘弁してくれよ……俺は詫びを入れたいと思って、お前さんらを待ってたんだって」
魔法士は肩をすくめる。
「ちょっと俺の部屋に寄ってくれないか」
私はアルと目を合わせると、小さく頷いて案内された狭い個室へと入った。
「俺はライオネル・エラ・ブリッツ。
子爵の出でさぁ、ここではホント、下っ端なのよ。
だから上には逆らえなくてさ」
部屋に入るなり、言い訳を重ねて謝罪してくる魔法士ライオネル。
「ふーん、ライオネル……ね。じゃあ、ライさんで」
軽く返した私をライはびっくりして見返し、頭を掻いた。
「ラ、ライさん? そんな呼ばれ方したこたぁないなぁ」
なぜか嬉しそうだ。
「でさ、お詫びの印ってことで、何か欲しい魔道具があれば作ってやるよ。
魔道具を造るとなったら、この研究所で俺の右に出る者はいないんだぜ。
どうだ、夜道が怖いだろ? 携行用の灯の魔道具なんてどうだい?」
ライはふふんと胸を張った。
(魔道具ねぇ……特にコレとってほしいものはないけど)
私はふと城門の騎士を思い出した。
(そうだ。またあいつがきたら、雷でビビビッと脅かしてやるのはどうだろう)
前世でいうところの『スタンガン』だ。護身用にちょうどいい。
(だけど、私からそんな物騒な物を作ってくれと頼むのもねぇ……)
私はライを煽ってみることにした。
「ねぇ、ライさん。
灯もいいけど、森の中なんて、いくら王宮とはいえ危険でしょ?
もしまた連れ去られそうになったって思うと怖いんだよ。
そんな時、大きな音を出して相手をビックリさせるような魔道具があったら嬉しいなぁ。
ボタンを押したら大きな音が鳴って、ピカピカ眩しく光るの! 助けてーってね」
私はあざとく首を傾げながらライに訴えた。
「なるほどな。また俺たちみたいにお前さんを攫おうって奴らが……いやいや、何を言わせる」
ライは苦笑した。
「よし、任せとけ。ボタンを押したら大音量と目眩まし、ビビッと電撃を走らせる魔道具はどうだ。
お嬢ちゃんの手のひらにも乗るような大きさにしてやるよ」
(自ら魔改造を申し出てくれるとは……。ちょろいもんだ)
私は内心でニヤリとほくそ笑んだ。
「ありがとう! 簡単なら三つ作ってくれるかな」
「おおお。ちゃっかりしたお嬢ちゃんだな」
「えへへ」
(別に使い道が決まってるわけじゃない。
城門の騎士対策、いやいや、あくまで護身用さね)
話がついたところで、私は切り出した。
「ついでにさ、教えてほしいことがあるんだけど」
「なんだい? 俺にわかることならなんでも……」
「『シルバー』っていう男の子のことなんだけど」
その名前を口にした途端、ライの顔色がサッと変わった。
「……もう用件は済んだ。お前たち、もう帰りな」
明らかに動揺し、会話を強制終了しようとする。
(そうはいくか、この絶好のチャンスを見逃す手はない)
「これはお詫びの印じゃなくて、ギブアンドテイクでいこうよ」
「ぎ、ぎぶ……?」
ライは首を捻っている。
(おっといけない、前世の言葉が出ちまったよ)
隣のアルは、例によって完全スルースキルを発動中だ。
私はさりげなくライの後ろに周り、そのガチガチに強張った肩にそっと手を乗せた。
「お客さーん、だいぶ凝ってますね」
「へ? あ? ああっ」
私はライの身体に、ほんの少しだけ、金色の魔力を流した。
見るからに運動不足。外に出ることもなく、机にかじりついてる仕事なんだろう。
だいぶお疲れが溜まっているようだ。
「おおお、そこ、キクゥー」
ライはだらしない声を上げて、椅子の上で完全に脱力した。
私はふふんと鼻息を荒くした。
「どう? これの代価として情報をいただくのは」
「……お嬢ちゃんにはかなわねぇなぁ」
ライは首をコリコリと回し、肩凝りが軽くなっているのを確かめた。
そして、「よっ」と声を上げて姿勢を改めると、アルを見た。
「そこな騎士さんは白の使い手だよな。結界を頼む。外に漏れたら俺は処分されかねない」
アルは承知とばかり右手を上げて呪文を唱えた。
「結界、遮音」
「お、ありがたい、遮音もできるのか、さすが二色の英雄……や、すまん、失言だった」
「いや、構わない。それで、あの少年は?」
「俺の知ってることだけだぞ」
ライはそう前置きして話し始めた。
それは、私の想像をはるかに超える、あまりにも残酷なシルバーの真実だった――




