↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/64

あんぱん

初めての外出日まで、あと三日となったある日のこと。



私はどうにも、クロエの様子が気がかりで仕方がなかった。


食事の席にはつくものの、私やアルと全く会話をしようとしない。


それどころか、時折思い詰めたような顔で自分の頭を押さえ、ひどく苦しそうに視線を彷徨わせている。



ギルバート――あのバカ王子に、都合よく洗脳されているのだろう。初めて会った時のツンとした態度の方がよほどマシだ。


今のクロエは、ちょっと触れただけでもパキンと割れてしまいそうな、薄い氷のように危うい。


(そうだ! 甘いものでも食べれば元気が出るかもしれない)


私は思いついて、魔法士たちにもらったあの高級キャンディの袋を取り出した。


茹でた小豆を軽く潰すと、細かく砕いたキャンディをまぜ、特製『あんこ』を作り上げる。


それをお掃除してふっくらさせたパンに挟めば、即席あんぱんの完成だ。



「ほら、クロエさん。これを食べてごらんよ」


テーブルで塞ぎ込んでいたクロエの前に、作りたてのあんぱんを差し出す。


クロエは何も言わず、虚ろな目をあんぱんに向けただけだった。



「いいからあーんしてごらん。ばあさん……あ、いや、私の言うことが聞けないのかい」


私はその口にあんぱんを突っ込んだ。


クロエは目を白黒させながら、あんぱんを噛んだ。


「――っ、あ、甘い……」


その瞬間、クロエの目からぽろぽろと大きな涙が溢れ出した。


「な、なんなのよこれ……っ!

なんでアンタは、こんなにおいしいものを、私なんかに作るのよ……!

今まで誰も、私にこんなことしてくれなかった……!

下働きしてた時も、役に立たなきゃ捨てられるって怯えていた時も、誰も……っ!」


クロエはあんぱんを握りしめ、狂ったように叫んだ。


「私は、ギルバート様のお役に立つためだけに生きているのっ!

止めて! 私を惑わさないでっ!」


叫びと同時に、クロエの瞳の奥で禍々しい紫色の光が明滅した。


両手で頭を抱えてガタガタと震え、床にうずくまる。



「いけないっ! 精神干渉の魔法が暴走しているのかもしれない……!」


異変を察したアルが瞬時に動き、背後からクロエの細い身体をがっしりと押さえ込んだ。


「メイシー殿、危ないから離れて――」


「いいから! アルさんはそのまま抑えてて!」


私は構わず近づくと、アルの腕から逃れようと暴れるクロエの頭を、両手でそっと包み込んだ。


「かわいそうに……そんな汚いモヤモヤがくっついてたら、苦しいよね。

きれいさっぱりお掃除しよう。痛いの痛いの、飛んでいけぇ」



アルの魔力回路を整えた時のように、優しく、だけど力強く、私の魔力を彼女の身体へと流し込む。


クロエの身体の中では、紫色の濁った泥の塊が魔力回路にこびりつき、魔力の流れを阻んでいた。


それが原因で頭が痛むのだろう。


(むごいことを……)


私はゆっくりと押し流すように、クロエの魔力回路を隅々に至るまで整えていった。



「あ、……ぁ……」


やがて瞳から紫の光が消え、クロエの荒い息がすうっと落ち着いた。



だけど、長年かけられていた紫の呪縛は根深いようだ。


クロエの頭の周りには、まだ不気味な紫色のモヤモヤがまとわりついていた。



アルがそっとクロエを寝室に運んだ。




――――――――――



そうして、ついに迎えた初めての外出日。



私たちは城門で荷馬車に乗り込んだ。私がここに連行されたときと全く同じ荷馬車だ。


だけど、今回は乗り心地がまるで違った。


あの時は見知らぬ厳めしい男たちに左右を挟まれ、周りを見る余裕もゆとりもなかったが、今回は違う。


とはいえ、座面は相変わらず固くてベンチのよう。



見かねたアルが、


「座面が固くてお尻が痛むでしょう。よかったらここへ」


と言って、私をひょいと自分の膝の上に座らせてくれた。



いくら見た目は七歳の子どもだと言っても、男性の膝の上に座るというのは……。


九十近いばあさんとしてはちょっと嬉しい……いやいや、そうじゃなくて、かなり恥ずかしい。


私は顔が熱くなるのを感じながら、大人しくちょこんとアルの膝に収まった。



クロエはまだ少し元気のない様子で、無表情のまま荷馬車に揺られている。






数時間後、ついに懐かしい我が家が見えてきた。



――コンコン


私はよそのおうちに来たように、ノックをした。



「お母さん? ただいま――」


そっと扉を開け中を覗くと、お父さんがお母さんの肩を抱き、慰めているようだった。



「メイシー?」


お母さんがパッと振り向き、私を見る。


私だとわかるやいなや、涙で顔をぐしゃぐしゃにして私に抱きついてきた。


「本当に、メイシーなのね。

ああ、女神様! 娘を返してくださって、ありがとうございます」


「お母さん! 会いたかったよぉ……!」


私もたまらずお母さんの背中をギュッと抱きしめ、大声を上げた。


涙が止まらない。



「メイシー、よく無事で……」


お父さんが、お母さんごと私を大きな腕で包み込んでくれる。


「今も二人でお前のことを考えていたんだ」


「心配かけて、ごめんなさい!」



お母さんが、私の顔をじっと見ながら髪を撫でてくれる。


「ちゃんとご飯は食べてる? 痛いことはされてない?」


「うん、大丈夫。この二人が私を守ってくれてるの」


私はアルとクロエを紹介した。



鎧姿のアルに、両親はビクッと身体を固くする。


「大丈夫だよ。優しい騎士さんだから」


私が微笑むと、二人は居住まいを正し、深々と頭を下げた。


「娘を……娘を送り届けてくださり、感謝申し上げます」


アルもお辞儀を返した。


「今日は一時帰宅です。暗くなる前に王宮へ戻ります」


「王宮? メイシーはいま王宮で暮らしているんですか?」


お父さんが驚いたように私の顔を見る。


「うん、詳しいことは言えないんだけど、少し働かせてもらってるんだ」


「とにかく、無事でよかったわ」



お母さんはクロエの手を握り、何度も何度も感謝の言葉を伝える。


曇りのないその笑顔と温かさに、クロエは驚いたように目を見開いたまま、立ち尽くしていた。



(もしかして……家族の温かさというものを知らないのか……?)



クロエの身の上を思い、私の胸はギュッと締め付けられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。