ヴァーゴ地獄の三日間
そして、魔法研究所……。
「……本当です! 嘘じゃありません!
あの娘は間違いなく、触ったら火傷しそうなほどの高熱を出して寝込んでいました!」
物置小屋から血相を変えて戻ってきた城門の騎士の報告を聞き、ヴァーゴは額に手を当てて頭を抱えた。
(――俺のほうこそ、ストレスで熱が出るわ……ッ!)
机の上を見れば、王宮や貴族たちから届いた魔石への注入依頼が、今日も山のように積まれている。
その中には、高位貴族たちから届いた「今日中に納品せよ。さもなくば……」という脅迫めいた手紙も数多く混ざっていた。
これを放置したとあっては、魔法研究所の予算の大部分を支えている、貴族からの『献金』が止まりかねない。
(かくなる上は……!)
ヴァーゴは奥歯をギリギリと噛みしめながら、注文の優先順位を限界まで絞り込むべく、猛然と机に向かってペンを走らせた。
――――――――――
「おい、お前たち! いったん手を止めて、全員地下の作業部屋に来い!」
しばらくして、ヴァーゴは魔法士たちが魔道具作成や研究に使っている個室の扉を、狂ったように叩き回った。
「なんなんだ、一体……」
「研究の邪魔をしないでいただきたいのだが」
ほとんどの魔法士たちは貴族出身のエリートである。
普段であれば、ヴァーゴの指示に素直に従う彼らではない。
だが、尋常ではないヴァーゴの行動に、ぶつぶつと不満を口にしながら、地下の薄暗い作業部屋へと集まってきた。
全員が揃ったのを見届けると、ヴァーゴは苦虫を噛み潰したような顔で、とんでもない指示を言い渡した。
「――今日中にこなさねばならんノルマがある。今日はお前たちが、この魔石に魔力注入をしろ!」
「なっ……!?」
魔法士たちは一斉に驚愕の声を上げた。
「なぜ私たちがそんなことを……!」
「作業員たちはどうしたんだ! あいつらの仕事だろう!」
予想通りの反発に、ヴァーゴの眉がピクピクと震えた。
「あいつらは今朝から揃いも揃って全員、腹下しだの頭痛だので全滅だ! 今日は使い物にならん!」
もちろん、作業員たちを本当に全滅させた張本人が、ボロ小屋のベッドでぬくぬくと寝込んでいる『クソガキ』だとは、ヴァーゴは知る由もない。
ヴァーゴは忌々しげに、手元の書類をバサバサと振った。
「安心しろ、最低限こなさねばならん大貴族からの注文だけに絞ってある! お前たちの魔力量なら、今日中に終わる量だ。つべこべ言わず、すぐに取り掛かれ!」
その言葉に、魔法士たちは一斉に顔を見合わせ、ブーブーと文句を言い出した。
「俺たちをなんだと思っているんだ!
誇り高き魔法士に、平民がやるような泥臭い作業をやらせる気か!?」
「仕方ないだろう! この依頼を後回しにでもした日には、この研究所への貴重な献金がすべて止まるぞ! お前たちが責任を取るのか!」
ヴァーゴが必死の形相で言い返した、その時だった。
「……そこまで言うなら、当然、所長であるお前もやるんだな?」
低く野太い声が、作業部屋に響いた。
声を上げたのは、魔法士たちの中でも特にヴァーゴより高位の爵位を持つ魔法士だった。
冷徹なその瞳が、ヴァーゴをじっと値踏みするように見つめている。
「ぐぬぬ……っ!」
ヴァーゴは言葉に詰まり、顔を真っ赤に染めて悶絶した。
ここで拒否すれば、ただでさえ不満の溜まっている魔法士たちの造反を招き、研究所の体制そのものが崩壊しかねない。
指示しておきながら、自分がやることなどこれっぽっちも考えていなかったヴァーゴだが、身体中に突き刺さってくるような魔法士たちの鋭い視線からは逃れられなかった。
ヴァーゴはやむを得ず、プライドをズタズタにされながら、トボトボと自らも作業台に向かった。
そして、冷たい椅子に腰掛け、これまで見下していた作業員たちと同じように、忌々しい魔石をその手に握りしめた。
だが、作業台に置かれていたのは、何日も休みなく酷使され、汚れがドロドロに詰まって動脈硬化を起こした、手入れのされていない最悪の魔石ばかり。
「な、なんだこの魔石は……! 魔力の吸い込みが異常に悪くて、尋常じゃないほど疲れるぞ……っ!?」
「くそっ、平民どもはいつもこんな劣悪な石を扱っていたのか!?」
エリート魔法士たちが悲鳴を上げる。
ヴァーゴもまた、この上なく汚れた魔石を前に、プライドも魔力もゴリゴリと削られる地獄の時間を過ごしたのだった。
しかもそれは、一日だけで済む話ではなかった。
翌日も、その翌日も――作業員たちは戻ってこない。
ヴァーゴの地獄は、きっちり三日間続いたのだった。




