優しい火魔法
ストライキ宣言をした、その翌朝のこと。
(きっとヴァーゴが頭から湯気出して、私を呼びつけるに違いないさね)
私は予感していた。
なので、二階の自分の部屋のベッドの中に潜り込み、毛布を頭まで被って、今か今かとじっと耳を澄まして待っていた。
――ドンドン! ドンドンッ!!
静かな森の朝を切り裂くように、ボロ小屋の扉が壊れるかと思うほど激しく叩かれた。
外から、聞き覚えのある怒鳴り声が響いてくる。
「おい、クソガキ! ヴァーゴ所長の命令だ、さっさと研究所へ来い!」
毎度おなじみ、あの城門の騎士だ。
扉を開けたアルが、いつものように冷静に応対する声が聞こえた。
「今メイシー殿は、高熱を出して寝込んでいる。
とてもではないが、今日は仕事ができる状態ではない」
「あぁん? 嘘つくんじゃねぇ。昨日はピンピンしてただろう!
本当かどうか、俺の目で直接確認してやる!」
騎士が小屋の中へと踏み込んできたようだ。
私を引きずり出す気満々だったんだろうが、聞こえてきたのは「……は?」というマヌケな声だった。
そりゃそうだろう。
外見は多少きれいになったとはいえ、質素な物置小屋なのに、一歩中に入れば、ゴミ一つない立派な「家」になっているんだ。
かまどからは良い匂いが漂い、テーブルの上にはほのかに温かい光を放つ魔道具まである。
窓から入る爽やかな風がカーテンを揺らし、王宮の兵舎なんかより、よっぽど心地いい空間が広がっているのにびっくらぽんしているはずさ。
「な、なんだこの部屋は……。いや、それより、クソガキはどこだ!」
「二階の寝室だ。案内するから、静かにしろ」
アルに促され、騎士がギシギシ音を立てながら階段を上ってきた。
バタン! と部屋の扉が勢いよく開く。
私は待ってましたとばかりに、顔をこれでもかってくらい真っ赤にして、ベッドの中で「ふぅー、ふぅー」と苦しげに息を吐き出して見せた。
「ケッ、仮病なんか使いやがって」と言いながら、ベッドに近寄ってきた騎士がギョッとした顔をした。
「マジかよ……」
恐る恐る私の額に触れようとして――
「アチチッ! なんて熱だ、こりゃ本当に高熱じゃねえか!」
慌てて手を引っ込めた。
ふふん、見事なもんだろ?
だけどねぇ、これは仮病なんかじゃない。
私の身体は、正真正銘、今すんごい熱を出しているんだよ。
――――――――――
話は昨晩、ボロ小屋に戻った後のこと。
「ねぇ、アルさん。こないだ、回路が抽出方向に開通したから、魔石が勝手に魔力を吸い取るんだって話をしてくれたよね?」
「ええ、それが何か?」
「私、思ったんだよ。
アルさんはかつて、火の魔法が暴走して全身に大火傷を負ったって言ってただろ?
それってさ、もしかしてアルさんの魔力回路が『自分の内側』に向かって開通しちまってたんじゃないかな?」
そう、まるで換気扇のダクトが詰まって、家の中に煙が逆流しちまうみたいにね。
アルは目を丸くした。
「だから中から焦げ付いて、アルさん自身が炎上してしまったとしたら……回路を整えたら、うまくいくんじゃないかな。
一つ、私にその回路を「お掃除」させてくれないかな」
「だが……もし、失敗したらメイシー殿が……」
私の仮説に頷きながらも、アルは苦しそうに顔を歪ませる。
「大丈夫。信じておくれ。私もアルさんを信じる」
苦悶の表情で悩んでいたアルは、やがて小さく頷いた。
私はさっそくそのゴツゴツした大きな手を取り、祈りながら唱えた。
「――アルさんの身も心もスッキリしますように……お掃除っ!!」
次の瞬間、私とアルの身体を、柔らかくて温かい金色の光が包み込んだ。
アルの体内で何年も頑固に詰まっていた魔力回路の焦げ付きが、プロ仕様の業務用洗剤で洗い流されるみたいに、サーッと開通していくのがわかった。
「お、おお……。
身体が、信じられないほど軽い……。
魔力が、淀みなく流れていく……!
それに何やら身体の方も……」
アルは慌てて鎧だけでなく、アンダーシャツも脱ぎ捨てた。
するとどうだい、ボディービルダーみたいにバッキバキに鍛えられ、ツヤツヤと輝く見事な筋肉が現れたじゃないか!
ばあさんとはいえ、私も一応は女だもの。
思わず「きゃっ」と年に似合わず、いや七歳の女の子らしいかわいい悲鳴をあげて、両手で顔を覆ってやったよ。
ま、指の隙間からしっかりと、素晴らしい肉体美を拝ませていただいたがね。
「いや、申し訳ありません。
実は治癒魔法でも全身の火傷の痕だけは治らず、身体の動きも鈍っていたのです」
アルは全身をくまなく確認しながら、照れたように頭を掻いた。
なるほどねぇ。
アルが家の中でも常にあの重苦しい鎧を纏い、どんなに暑くても長袖のシャツを着ていたのは、火傷の痕を見せたくなかったからなんだね。
(魔力の暴走による火傷だったから、回路を掃除したら皮膚も元通りになったんだね。
……これでもう、あんな重たい鎧で心や身体を隠す必要もないさね)
アルは信じられないといった顔で私の手を握り、何度もお礼の言葉を口にする。
「メイシー殿、あなたは本当に天才だ。
きっとこの国を動かす偉大な魔法士になるに違いありません」
「そんなお世辞なんてよしとくれ。それよりちょっとお願いがあるんだ」
私は火の魔力を、ほんの少し分けてくれるよう頼んだ。
「ええっ!? メイシー殿に火魔法など流したら、危険です!」
「ほんのちょっぴりでいいんだ。私に『発熱』の言い訳を作ってほしいんだよ」
「そんなことを言っても、メイシー殿に何かあったら……」
最初は頑なに拒んでいたアルだったけれど、私のしつこい説得に負けて、しぶしぶ了承してくれた。
アルの指先から、ほんのりと温かい火の魔力が流れ込んでくる。
私の身体は、その熱をじわっと吸収し、見事に『お熱を出してふぅふぅ言っている子ども』の完成ってわけ。
そして堂々とベッドに潜り込み、ヴァーゴの手先が乗り込んでくるのを、今か今かと待ち構えていたのだ。
(さあ、来て、驚け!)




