過酷な労働環境
それからの数日。
私とアルは魔法研究所へ通う日々を送っていた。
アルに教わった通り、魔石を手に持つだけで、勝手に私の魔力がグングンと吸い取られていく。
パートタイム勤務を勝ち取ったおかげで、一日のノルマさえ終わればさっさと帰れるのは気楽でいいもんだ。
だけど、あまりにも酷使されすぎて、くたびれて弱り切った魔石を見かけると、お節介の血が騒いで、どうしても放っておけなくなるんだ。
「よしよし、可哀想にねぇ。……お掃除っ!」
石に血管があるかどうかはわからないけど、動脈硬化のようなものだ。
血管がスッキリすれば、魔石はピカピカの新品同様に生まれ変わる。
魔石を次々にお掃除していく私の様子を、アルは常に横で優しく微笑んで見守ってくれている。
周りの作業員たちがアルを見る目も、少し和らいできたようだ。
ついでに、くたびれた表情の作業員たちも、それとなく肩や背中を触ってお掃除してやった。
(あんたたちの身体の中にもドロドロが溜まってるねぇ)
私の魔力をちょいと身体にも流してやると、肩が軽くなるのか、男たちは「おや……?」と不思議そうに首を傾げるのだった。
――――――――――
私とアルは研究所への行き帰りで、色んな話をした。
この世界の通貨は「クローネ」という単位であること。
だが、平民の一部ではまだまだ物々交換が多いこと。
なるほど、だから私は七歳になってもお金の存在を知らなかったのか。
しかし、どうしても解せないことに、文字は基本的に貴族しか習わず、平民のほとんどは読み書きができないらしい。
「え、じゃあ子どもは学校に通わないのかい? アルさんは士官学校に行ったんだよね?」
「はい、学校に通えるのは貴族だけです……不公平だとは思うのですが、これがこの国の当たり前なのです」
アルは悔しそうに視線を落とした。
(やれやれ、教育は国の礎だというのに……)
私とアルは重いため息をついた。
――――――――――
そんな、この世界の歪な常識を聞いた翌日のこと。
いつも通り、その日のノルマをこなした私は両腕を上げて、ぐーっと大きく伸びをした。
パートを始めて六日目。
この世界の暦は、呼び方こそ違うものの、基本的には日本と同じだ。
ということで……。
「あー、やっと明日はお休みだねぇ。今週もよく働いたー!」
パートだって、最低でも週に一回は休むのが当然の権利さね。
そう思ってご機嫌で引き上げようとすると、
「……休みなんか、ないぞ」
掠れた声が聞こえた。
隣の作業台で、げっそりと頬のこけた作業員の男が、弱々しく魔力を注入しながら私を見た。
「俺たちは毎日毎日これをやっているんだ」
「えっ!? 休みがなければ、せっかくもらうお給料を使う暇がないじゃないか」
「給料……? そんなもの、一度ももらったことなんてない」
耳を疑った。
なんと、彼らは1クローネも支給されず、ただ働きさせられているのだ。
「……ちょっと待って。まさか私もタダ働き!? 」
(まさか、物置小屋に住まわせておいて、家賃と相殺ってことかい? おつりも出りゃしないさ!
まったく、労働基準法ってものは無いのかい、この国は!)
いや、そういえば雇用契約書をもらってない……。
いやいや、そもそももらったところで文字が読めない……。
私は、平民を取り囲むこの国の嫌らしい仕組みを、だんだんと理解し始めた。
「だけどよぉ、飯はここで食えるし、どうせ俺らは、死ぬまでこの研究所からは出られないんだ」
作業員の男は諦めきった顔で力なく笑う。
「それよりあんた……あんたがいてくれると、なんだか不思議と俺たちまで元気が出るんだよ。頼むから、明日と言わず、毎日来てくれよ……」
はあ!? そんな馬鹿な話があるもんかい!
これじゃあ、日本のブラック企業どころの騒ぎじゃない、ただの奴隷さね!
男の絶望しきった顔を見ていたら、前世の苦い記憶が、鮮明に脳裏に蘇ってきた。
◇◇◇
私にとって自慢の孫の一人だった。
新卒で入社した会社は、まさしく絵に描いたようなブラック企業。
厳しいノルマ、叱責しかしない上司、先輩や同僚からの陰湿ないやがらせ。
明るくて元気な子だったのに、心も身体もボロボロに壊してしまった孫は、しばらく田舎で私と暮らしていたのだ。
『要領よく働けない俺が悪いんだ。
もう俺は、この世の中で必要とされてないゴミみたいなもんなんだよ……。
いっそ死んだ方が世間のためになるのかもしれない……』
うつむいて、涙をこぼしながらそう呟いた孫の弱々しい背中。
『そんなことを言っちゃあ、ダメさね』
私はその背中をそっと撫でてやった。
『仕事ってのは、生きるためにするものだろ?
仕事のために死ぬなんて本末転倒ってもんだよ。
お前さんを必要としている人も、場所も、きっとある。
それに、このばあさんを残して先に死んだりしないでおくれ』
◇◇◇
あの時の孫の姿が、目の前で奴隷のように扱われている作業員たちや、心に深い焦げ付きを負ったアルの姿と重なる。
真面目で、優しい人たちが馬鹿を見るなんて、そんな理不尽な世の中、私は絶対に認めることはできない。
フツフツと腹の底から湧き上がる怒りとともに、私は作業台の椅子からすっくと立ち上がると、部屋中に響き渡る声で宣言した。
「私は明日、病気になりますから、ここには絶対に来ません!」




