↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/55

紫色の疑惑

クロエの部屋のドアが開いた気配を感じ取ったアルが、すかさず大声で呼びかけた。


「クロエ殿! 今日は『すきやき』だそうだ!

『とんじる』に勝るとも劣らない絶品ですぞ!」


覚えたての料理の名前を口にし、陽気に手招きをする。



クロエは相変わらず無表情なまま、とぼとぼと階段を下りてきた。


焦点の合わない生気のない瞳で、無言のままテーブルにつく。



(おや……なんだか、頭のモヤモヤが前より濃くなっているねぇ)


ねっとりとした紫の濃い靄が、クロエの頭を覆うようにまとわりついている。



私は彼女の髪をしげしげと観察した。

金色の粒がまだ残っているかを確認するためだ。


すると、クロエの右耳の脇のあたりに、健気にささやかな光を放っている一粒が見えた。


(よしよし、まだちゃんと残ってたね。

そんなモヤモヤ、おいしいものをたくさん食べて、こののどかな森の空気を吸っていれば、きれいに吹き飛んでいくだろうよ)



「さ、温かいうちにお食べ」


私はお椀に肉や野菜をたっぷり取り分け、クロエの前に置いた。



ついさっきまで、あれほど突っかかってきていたというのに、クロエは黙ったまま、のろのろしたスピードで、手と口を動かし始めた。


おいしいのか、口に合わないのか、その顔からは何も読み取れなかった。


やがて、鼻先が少し赤くなってきた。


口元にタレをつけ、熱々の肉と旨味の染みた野菜を、一心不乱に貪っている。


身体は、温かい食卓とおいしい料理を強烈に求めているのだろう。


その必死な姿が、余痛々しくて見ていられなかった。



やがて、自分の分をすべてきれいに平らげると、クロエはフォークをカチャリと置き、椅子を引いて立ち上がった。


「お代わりはいらないのかい?」


私の問いかけにも反応せず、何も言わずにまた二階の自分の部屋へと引きこもってしまった。




「……どうしたんですかねぇ、クロエ殿は」


パタンと閉まった扉を見上げながら、アルが心配そうに眉をひそめた。


「さっきまでは、怒ってばかりとはいえ、表情豊かだったと思うのですが……。

あの無表情がどうしても気になります」


「うん。なんだか、頭の周りの空気もどんよりと淀んでいる感じがするんだよ……」


私がフライパンに残ったキノコをつまみながら言うと、アルは何かを深く考え込むように押し黙った。



その真剣な横顔に、森の中で聞いた彼の過去がよぎる。


アルは、ギルバート王子と士官学校で同期だったと言っていた。


(クロエは『ギルバート様』に絶対服従している様子だし、あのモヤモヤは何か関係があるのだろうか……)



やがて、アルが意を決したように声を潜め、私に顔を近づけてきた。


「メイシー殿。……私の根拠のない推測で恐縮なのですが」


「なんだい?」


「クロエ殿はもしかすると……ギルバート殿下に『洗脳魔法』をかけられているのかもしれません」


「洗脳魔法……?」


私は箸を置き、アルを見つめた。



「はい。ギルバート殿下をはじめ、王族方や高位貴族が持つ『紫』の魔法は、【王者の支配(ロイヤル・コントロール)】と呼ばれております。

他者の精神を侵食し、都合のいい人形のように操る、極めて強力な『洗脳』の魔法です。

相当の魔力を消費しますので、滅多に発動されることはないと伺っていますが、ギルバート殿下は魔力量が多いので、王宮では誰もがその力を恐れております……」



『紫』の魔法……洗脳……。



(あの子の頭の周りに見えている、あの気味の悪い紫色のモヤモヤは――まさか!?)



「……ギルバート殿下とその母上である王妃殿下は、『紫』至上主義です。

『紫』以外の色は認めません。

まして平民など、ご自身の欲望や権力を示すための道具とみなしています。

ですから、他人の心を操ることに躊躇などありません。

クロエ殿のあの無機質な瞳は、かつて殿下に逆らい、精神を壊された者たちと、あまりにも似ている……」


アルは辛そうに、唇を噛みしめた。



(その魔法で、人間の一番大事な感情も、おいしいと感じる心も奪い取ってるのかい?

王子様だか何だか知らんが、そんな好き勝手、許せるもんかね)



私の心の中で、怒りの炎がパチパチと音を立て燃え上がり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。