なんちゃってすき焼き
二人して目を真っ赤に腫らしながらボロ小屋に戻ると、冷たい目をしたクロエが、腕を組んで私たちを待っていた。
「……二人してなんなの、その目は」
「いや、久しぶりに汚れた森や研究所に行ってね。どうやら酷い埃にやられてしまったみたいだ」
アルがポリポリと頭を掻きながら、苦しい言い訳をする。
クロエはふんっと鼻を鳴らすと、自慢そうにテーブルの上にポンと白い箱を置いた。
見れば、私の頭とちょうど同じくらいの大きさの箱だ。
「これはなんだい?」
私は不思議に思ってその箱を持ち上げようとした。
(おや、中の魔石はずいぶんとくたびれているようだね……お掃除してやるとするか)
そう思った瞬間、箱の隙間から、やや黄みのかかった温かみのある光がふわぁっと溢れ出た。
「おお、これはランプかい!
いや、この柔らかく目に優しい光は……蛍光灯? それともLED?」
思わず前世の単語を連発してしまったが、アルもクロエも、反応も示さなかった。
私が発するわけのわからない言葉は聞こえなかったことにしてくれたらしい。
(なるほど、これが孫の言っていた『スルースキル』ってやつか……)
私がホッとしていると、クロエが自慢げに鼻を鳴らした。
「それ、王宮のゴミ箱に捨てられてたから持ってきたのよ。
……フン、アンタなら直せると思ってたわ」
が、すぐに何かに気づいたようで、怪訝そうに眉をひそめた。
「ところでアンタ……今、呪文を唱えなかったわよねぇ?」
「うん」
私は頷いた。
アルも不思議そうに箱と私の手を見比べていたが、ハッと何かに思い当たったように拳をポンと叩いた。
「……もしかしたら、先ほど魔法研究所で魔力注入をしたせいかもしれませんね」
「どういうことだい?」
「あの時、メイシー殿の魔力回路が抽出方向に開通したのでしょう。
それで魔石が、自然とメイシー殿の魔力を吸い取った……」
「そんなことくらい、私だって知ってるわよ!」
クロエが鼻息荒く、アルの冷静な解説を大声で遮った。
「壊れてたからゴミ箱に入ってたんでしょ!
ゴミを漁るのは恥ずかしかったけど、結果、アンタの魔法で直ったんだから、それでいいじゃない!」
「いや、単純に魔力が尽きていただけだろう」
アルが至極真っ当に、冷静に事実を返す。
「チッ……!」
面白くなさそうに派手な舌打ちをしたかと思うと、ふとクロエの動きが止まった。
瞳がとろんとしている。
(……おや?)
もう少し様子を見ようとしたが、クロエはそのまま二階へ上がっていってしまった。
(……怒りすぎて疲れたのかねぇ。まったく、反抗期の中学生みたいな子だよ)
――――――――――
今日はランプ以外にクロエが持ってきたものはない。
となれば、「ありもの」で晩ご飯を作るしかない。
残っているのは、お肉に、いくつかの根菜類、それから葉物野菜とパン。
「さて、どうしようか」
私が腰に手を当ててうーんと考えていると、重い鎧を脱いできたアルが「何かお手伝いしましょうか」とやってきた。
「そうだねぇ。アルさん、何か食べたいものはあるかい?」
「メイシー殿の手料理であれば、なんでもいいです!」
「あはは、その『なんでもいい』が一番困るんだよねぇ」
ひとまず私はアルにかまどの火を起こしてもらい、その上に大きなフライパンを乗せた。
「おや、今日は『焼く』のですか?」
アルがちょっとがっかりしたような顔をする。
「焼くのとは、ちょっと違うんだなぁ」
私はふふふと不敵に笑い、あらかじめ薄くスライスしておいたお肉を取り出した。
「そんなに薄い肉を焼いたら、すぐ焦げてしまうのでは?」
「それが、焦げないのさぁ。見ておいで」
私はアルにひょいと身体を持ち上げてもらうと、切り分けておいたお肉の脂身をフライパンに放り込んだ。
油が行き渡ったところへ薄切り肉を投入し、強火でサッと焼き付ける。
ジューッという小気味いい音と共に、良い匂いが立ち上ってきた。
すかさず、そこへ醤油もどきを回しかける。
続いて、ネギのようなツンとした匂いのする青菜と、森で見つけておいたキノコもドサッと入れて煮込む。
(豆腐と卵が欲しいところだけど、いまのところはこれで十分さね)
「これで出来上がりだよ! テーブルに運んでおくれ」
「承知しました!」
アルは返事をするなり、なぜか私をひしと抱きかかえてテーブルへと向かった。
「違う違う! 私じゃないよ! フライパンを運んどくれ!」
「し、失礼しました! メイシー殿を火気から遠ざけるのが最優先かと……!」
アルは慌てて私を椅子に下ろすと、顔を真っ赤にして「アチチ」と言いながらフライパンをテーブルに運んできた。
「肉が焼けているような、そうではないような……」
不思議そうな表情でフライパンの中身を眺める。
「……クロエ殿はいかがしますか?」
「放っておくさね」
反抗期だからと言って、いつまでも甘やかす訳にはいかない。
私は二階にも聞こえるよう、わざと大きな声で言った。
「さ、いっただきまーす!」
アルは恐る恐る肉を口に入れる。
(酒もみりんもないから、ちょっと物足りないかもしれないけど……)
私が小枝で作った箸を手にしながら、内心ドキドキしながら見守っていると、アルの目がカッと見開かれた。
「……なんと、柔らかい肉だ!
『とんじる』の時とはまた違った味わい……。
これは、なんというお料理ですか!?」
「これはね、『すき焼き』っていうんだよ」
(限りなく“なんちゃって”だけどねぇ)
しかしアルは「うまい、うまい!」と連呼しながら、肉を次々に口に運んでいる。
「アルさん、お肉ばっかりじゃなく野菜もお食べよ」
「はい!」
二人で賑やかに『なんちゃってすき焼き』をつついていると、ギィと二階の部屋のドアが開く音が聞こえた。
(反抗期の娘も、この匂いには勝てないさね……)
私はニヤニヤしながら、彼女が降りてくるのを待ったのだった。




