パート勤務決定
アルと二人、暗い森の中を歩く。
元気よくボロ小屋を出たものの、魔法研究所が近づくにつれ、なんだか胸が詰まるような気分になってきた。
あの場所には、良い記憶が一つたりともない。
さんざん実験された挙句に「測定不能のクソガキ」なんて呼ばれて牢屋にぶち込まれたのだ。
「メイシー殿、大丈夫ですか?」
私の足取りが重くなっているのに気づいたのだろう、アルが心配そうに覗き込んできた。
「あそこでは……随分と嫌な思いをさせられたのでしょう」
「ううん、大丈夫さね。
やな過去はいつまでも引きずってちゃ損だからね。
さっさと忘れて、今や未来を楽しまなくちゃ」
私が努めて明るく笑ってみせると、アルはほんの一瞬、ひどく羨ましそうな顔をした後、寂しげに視線を落とした。
「……忘れることができれば……良いんですがね」
森のざわめきに消えてしまいそうなほど、小さく消え入りそうな呟きに、彼の抱える闇の重さが透けて見えた気がした。
――――――――――
やがて、あの忌々しい石造りの魔法研究所に到着した。
入口で待ち構えていた紫マントの男に急き立てられ向かったのは、地下だった。
頑丈そうな扉が開いた瞬間、部屋の中に満ちているよどんだ熱気と、男たちの重苦しい吐息が肌にまとわりついた。
「おい……見ろよ、あの騎士」
「……まさか『二色の英雄』アルカイドか?」
「俺の同郷の奴も、あいつの暴走した炎に巻き込まれて、まともな治療も受けられずに死んだらしい……」
部屋の隅にいた作業員たちのコソコソ話が、私の耳にも届いた。
アルを見上げると、彼は拳をグッと強く握り締め、ただ黙って俯いていた。
彼の大きな身体が、小さく縮こまっているように見える。
(英雄? なんと嫌味ったらしい二つ名なんだい……)
「ようやく来たな。測定不能のクソガキめ」
そこへ、あの嫌味な笑みを張り付けたヴァーゴが、大股でやってきた。
「フン、ベネトナシュ家の厄介者が、クソガキのお守りとは、またとない適役だな。
使えない炎を出して暴れるんじゃないぞ」
アルに向かって蔑むように言葉を投げつけると、私に向き直った。
「……さあ、クソガキ! もたもたせずに、この魔石に魔力を注げ!」
作業員たちの陰口に、ヴァーゴのこの言い様。
さすがの私も、カチンときた。
「はぁ? ……なんて言い草なんだい。
だいたい、それが人にものを頼む態度か?」
「なんだとぉ!?」
私はヴァーゴを睨みつけると、作業台にあった大きな魔石を2、3個だけ手元に引き寄せた。
「やってやるさね! お掃除っ!!」
金色の光が魔石を包み込む。
薄汚れていた魔石は、魔力満タンになって、ピカピカと輝いた。
表面だけサッと掃除してやろうと思ったのに、まんまと『魔力の急速充電』まで完了させてしまったらしい。
(まったく、わたしゃポータブル充電器かい)
私はその場にひっくり返って手足をジタバタさせた。
「あーあ、疲れたー! もう一歩も動けなーい!」
「ふざけるな、手を抜くなッ!」
あからさまな駄々に、ヴァーゴが顔を真っ赤にして激昂する。
そのまま私を踏みつけそうな勢いで怒鳴るヴァーゴに、今度はアルが一歩前に踏み出した。
「ヴァーゴ所長。
メイシー殿は、ここに監禁されていた間にすっかり身体が弱ってしまわれたのです。
それを無理に動かして、万が一のことがあればどうするのですか」
アルの低く、威厳のある声が部屋に響く。
「今日、一度にすべての魔石に注入させるのではなく……毎日少しずつ、やらせてみてはいかがか。
その方が、結果的に効率が良いと思いますよ」
アルの見事なアシストに、私は心の中で万歳をした。
「なるほど! つまりパートで働くってことだね!」
「ぱーと……?」
またしてもアルが不思議そうに首を傾げたが、私は立ち上がると腰に手を当てヴァーゴを見上げた。
「確かに、決まった時間に決まった仕事をするのは私の得意分野だよ。
一気にやれって言われても絶対にやらないからねぇーだ」
あっかんべーをして見せる。
ヴァーゴはこめかみにピクピクと太い青筋を立てながら、ガリガリと頭を掻いた。
「……チッ、クソ生意気なクソガキめ。
フン、今日のところはそれでいい!
明日からも毎日、決まった時間に来て魔力を注入していけ!」
「ガッテン承知之助さね! それじゃあ、また明日ぁ」
意気揚々と胸を張って、作業部屋から引き上げる私とアル。
帰り際、廊下の向こうから、作業場の方へと連れて行かれる、ひどく痩せこけた、暗い目をした男の子の姿が見えた。
すれ違う、その一瞬。
その男の子と私の視線が、チラリと交錯した――。




