二色の英雄
目を覚ました私が一階に降りると、すでにクロエの姿はなかった。
「クロエさん、また王城に何かもらいにいってくれたのかねぇ」
「多分そうでしょう」
夕べ、食事のときは鎧を脱ぐよう強く言っておいたせいか、今朝のアルはすっかりくつろいでいる。
焼き鳥サンドイッチ――昨日焼いた焼き鳥の残りを豪快に挟んだパンを、実においしそうにパクパクと頬張っている。
見れば、端正な顔立ちが台無しになるほど、口の周りにタレがいっぱい付いていた。
「アルさん、お口の周りがタレだらけだよ」
私は苦笑いしながら、濡らしたタオルでその口元を優しく拭いてやった。
(まったく、どっちがお守り役なんだかわからないねぇ)
「クロエさんも、朝ごはんくらい食べてから行けばいいのに。
朝ごはんは一日の活力の元だから、しっかり食べないとねぇ」
そんな呑気な会話を交わしながら、アルのコップに水を注いでやろうとした、その時だった。
「な、何なんだここは……っ!?」
外から、男の驚愕する声が響き渡った。
「おや、誰か来たみたいだね」
「マズイ! 鎧を着用せねば!!」
アルは慌てて焼き鳥サンドイッチを口に突っ込み、もぐもぐしながら自分の部屋へと猛ダッシュで駆け込んでいく。
バタバタと凄まじい音が聞こえてきた――
(鎧って、そんなに騒々しく着るものなのかね……)
私が首を傾げていると、あっという間にいつもの謹厳実直な、隙のない騎士然となったアルが外へ出た。
「何か用か」
アルが低い声で応対した相手は、城門にいた騎士だった。
「やあ、アルカイド殿。魔法研究所から伝言を預かってきた。
……にしても、何なんだいここは。妙に明るく、爽やかじゃないか」
城門の騎士は、眩しそうに天を見上げた。
「前にここへ来た時は、暗くてジメジメしていたはずなんだが……まさか、あの『二色の英雄』が、こんな場所で木こり仕事に勤しんでいるとはな」
――『二色の英雄』
その言葉が吐き出された瞬間、アルの両の拳がギュッと強く握りしめられたのが、窓から覗いている私にも見て取れた。
(もしかして、昨日アルが言っていた言葉に関係しているのかい……?)
この国じゃあ、二つの魔法が使えるのは『英雄』じゃなくて、不吉な『厄介者』扱いなのか……。
「雑談はいい。用件を聞こう」
声をワントーン落として遮るアルに、城門の騎士はつまらなそうに肩をすくめた。
「ああ、ここのクソガキを研究所に連れて来いってさ」
「何のために」
「さあね、俺が伝えろと言われたのはそれだけさ。じゃあな」
城門の騎士は薄笑いを浮かべたままあっさりと踵を返し、森の向こうへと去っていった。
「アルさん、大丈夫?」
私は家を飛び出し、固く握りしめられたままの大きな手にそっと触れた。
私の小さな手の温もりで緊張が解けたのか、アルは、どこか諦めたような寂しそうな笑顔を見せた。
「……ご心配をおかけして、申し訳ございません。
私は騎士の間では、あのように揶揄される存在なのです。
……相容れぬ二つの属性を宿して生まれた、忌むべき『呪われた騎士』ですから」
「……」
さすがにここは、前世で培ってきたお節介ばあさんの勘を働かせても、踏み込んで聞いた方がいいのか、それとも引いた方がいいのかわからなかった。
ただ、彼の背負っているものの重さだけが、握りしめた拳を通じて伝わってくるようだった。
「お耳汚しを失礼しました。
……ですが、呼ばれたからには行くしかないでしょう。
クロエ殿には伝言を残していきます」
アルは懐から、小さな四角い箱のようなものを取り出した。
「これはわずかな時間ですが、こちらが話した声を記憶し、後からでも聞くことができるという魔道具です」
不思議な顔をしている私に気づき、優しく教えてくれる。
(前世でいうところの『ボイスレコーダー』みたいなものか。便利だこと)
ボロ小屋の中に戻ると、アルは手慣れた様子でその魔道具に向かい、「メイシー殿に同行して研究所に行ってくる」と短く録音し、テーブルの上にポンと置いた。
携帯食に小型ナイフ、果てはそんな便利な魔道具まで出てくるなんて。
「アルさんの懐は、四次元ポケットかい?」
「は……? よん、よじげん……?」
真面目な顔をして、本気で不思議そうに首を傾げるアル。
その姿が、あの青くて丸い猫型ロボットに重なって見えてくる。
おかしさが込み上げてきた私は、抑えきれずに「ククッ」と声を立てて笑ってしまった。
「な、なにかおかしいことを言いましたでしょうか……?」
「ううん、何でもないさね。よし、それじゃあ魔法研究所に向かって、レッツラゴー!」
笑いで引きつるお腹を押さえながら、私は元気に号令をかけたのだった。




